花さそう9

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「藤堂さん、代理店の人なの。それと画家の五十嵐悠くんです」
 そう説明したのは、黒いワンピースやブーツを脱ぎ捨てて、パーカーにスウエットパンツの裾を思い切り捲り上げた直子である。
「ども! 恵美、俺のワイフ、でーす!」
 傍らでバケツを持って立っていた三田村は、ちょっとおどけて言った。
「そうだったね~。今年は恵美さんも来られたんだ。でもスキーとかやって、大丈夫? それにブラシとか」
 藤堂は心配そうに恵美に尋ねた。
「スキーは子どもの頃からやってるし、うちでは掃除機もかけますよ」
 恵美は笑った。
「そ。子供らは親に預けて俺ら久々の休養?」
「なるほど」
 すると藤堂は張り切ってブラシを動かし始め、悠も黙って刷り込みしたひよこのように藤堂のマネをした。
「高津くんもえっちゃんもこれなくて残念だったね~」
 思い出したように直子が悠に言った。
「高津、ちょうどバイトが忙しいし、悦子も学校でなんか行事があってそれの顧問にさせられたんだって」
 あまり口を聞いていなかった悠だが、直子の問いかけにやっとボソボソと答えた。
 東京美術大学出身の三人はつい先日までプラグインのビルの三、四階を占めているギャラリー銀河で作品展をやったばかりだった。
「そっか。ま、悠ちゃんは悠ちゃんで思い切り楽しもう? ね?」
「うん」
 作品展の打ち上げでは大はしゃぎだったのに、いつもなら我儘放題に偉そうにしゃべる悠が、仲間たちがいないせいでおとなし過ぎるのを直子は気にしていた。
「でも、このうち、いろんな作品が飾ってあるから、また見られるのが楽しみだし」
 悠は前回来た時に、屋敷中の作品を見て回ったことを思い出しながら言った。
「そうだね~、あ、そういえば、工藤さんの別荘にも貴重な作品が割とあるみたいよ?」
「え? 工藤って誰? どんなのがあるんだ?」
 途端に悠が目を輝かせた。
「工藤さんは、うんと、後ろの方にいた大きい、ちょっと怖そうな雰囲気の人?」
 直子の必死な説明に、藤堂も三田村も笑った。
「あ、後ろで偉そうに腕組みしてふんぞり返ってたオッサン?」
 悠の言葉に、今度は直子も笑った。
「こっちは済んだのか?」
 そこへ現れたのが、ブラシを持った当の工藤だったから、三田村は笑いを止められない。
「あ、もう終わります、って、工藤さん、その恰好でお掃除してたの? 即クリーニング行き!」
 直子はすぐに笑いを抑え、シャキッと答えた。
「ああ。いまさらだ」
 工藤は一つ覚えのように言った。
 部屋へ戻って着替えた工藤と研二が階下に降りていくと、ちょうど最後の客となる沢村と佐々木が到着したところだった。
「えろ、おそうなってしもて」
 佐々木が大に土産の酒やスイーツなどを渡しながら、工藤らに気づいた。
「あ、工藤さん、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。少し雪が強くなってきたようだが」
「ええ、それやのに、沢村飛ばしよるから」
「あのくらい大したことない」
 文句を言う佐々木に沢村は豪語する。


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