春立つ風に139

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「え? 誰に頼まれたのかな?」
 良太は驚いてたずねた。
「うんとね、おばあさん。じゃ、ちゃんと渡したからね」
 男の子は大人びた口調でそう言うと、オフィスを出て行った。
 男の子が出ていって五分ほどたった頃、一体誰が何のために、と携帯を眺めていた良太は、いきなりのコール音にドキリとした。
 おばあさん?
 男の子の言った言葉に、良太は嫌な予感を覚えた。
 鳴りやまないコールに、思い切って電話に出た。
「良太ちゃん? あたし」
 あたし、とかで、やあ、久しぶり、なんて相手は、良太には金輪際いないが。
 その声で相手が誰だかすぐにわかってしまった。
「何の用ですか? こんなスパイ映画みたいなことして」
「こうでもしなきゃ、連絡とりようがないじゃない? 普通に電話したら盗聴とかされて、あらぬ疑いが高広にかかっちゃうじゃない」
「だったら連絡なんかしなきゃいいでしょ」
 魔女オバサンの声をまたしても耳にしようとは思わなかった。
「どうしても連絡しなきゃいけない用があるから、わざわざこんなマネしてるんじゃない」
「それで? どんな重要な要件です?」
 ついぞんざいな口調で、良太は先を促した。
 魔女オバサン、昨年末、良太を悩ませてくれた極妻、つまり工藤の祖母多佳子である。
「柏木のことだよ」
 その名前をまさか、魔女オバサンから聞くとは思わなかった。
「柏木弁護士、ですか?」
「高広は、まさか、あの女の色香に手玉に取られたりしちゃいないだろうね?」
 うっと良太は言葉に詰まる。
 またぞろ、京都のホテルの駐車場で抱き合っていた工藤と柏木のことが蘇る。
「って、でも、事件に巻き込まれて亡くなったんじゃないんですか?」
「バカお言いでないよ! あの強かな女が、あっさり殺されたりするもんか。自分の身代わりを探して殺してずらかったに決まってるだろ」
 やっぱり、千雪さんの読みは確かってことか。
「柏木は大石の息子の女だ」
「え?」
 ただの手駒ってわけじゃないのか?
「若頭の大石は義理人情に篤い、昔ながらの任侠を通す男だったのに、健一郎はただの悪賢い頭でっかちな男さ。裕乃、あたしのもう一人の孫だが、あの子と結婚してあわよくばとか思っているようだが、そうは問屋が卸すもんか」
 魔女オバサンはかなりお怒りのようだ。
「とにかく大石は自分の女を使って、篠原を取り込んで横領したクスリの横流しをさせたり、手島のことも柏木に丸め込ませて、殺させたんだ」
 魔女オバサンの話は内部告発のようなもので生々しくかなり信ぴょう性がある。
「これまでにも大石に言われて、何人も消してるからね、あの女。きれいな顔に騙されて、コロッとやられちまうのさ、男は」
「そんな、まさか、だって柏木さんは弁護士でしょう?」
 良太はいくら何でもと反論した。

 


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