春立つ風に140

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「甘いねえ、坊や。世の中きれいな世界生きてる人間だけじゃないんだよ。まあ、柏木の場合、ちょっとは可哀そうなところもあったけどね。父親は有能な弁護士だったんだが、酒とギャンブルが好きでね。金と女で大石に取り込まれちまったのさ。今じゃ廃人みたいなもんだ。大石への借金のカタに娘を差し出したどうしようもない男さ」
 工藤がいなければ似たような境遇に身を落としていたかも知れない良太としては、生々しい話にぞっとする。
 同時に、借金のために娘を犠牲にしたという父親に対して怒りが沸々と沸いてくる。
 「フン、健一郎は柏木が殺されて篠原が逮捕されたってニュースにパニックさ。まだ柏木の謀反を知りゃしない。おそらく高広を手島殺しの犯人に仕立て上げるつもりだったんだろうが、逆に警察では都合がいい駒だった篠原が逮捕されちゃ、芋づる式にいつ自分に警察の手が及ぶか戦々恐々としてるんだろうよ」
 多佳子は声高に言い切った。
「とにかく坊や、柏木には気を付けることだ。しっかり高広のタズナを握って万が一にもあの女に近づけるんじゃないよ。それとこの電話はすぐに始末するんだよ」
 言ったかと思うと電話は切れていた。
 勝手なこと言うだけ言って、ほんと工藤の祖母だよ。
「良太ちゃん、どなただったの?」
 鈴木さんが心配そうに良太を振り返った。
「ああ、ええ、何か、スパイ映画にハマった友人で、困ったもんです」
 ったく、タズナ握ってろとか、できるんならとっくにやってるって!
 良太は手にしたプリペイド携帯を睨み付けながら、袋に戻した。
 言われなくても後腐れなく捨てなくては。
 しかし、多佳子の話が事実とすると、柏木はどこかで生きていて、まさか、工藤に近づこうとしてるとか?
 何のために?
 ちょっとやめてほしいんだけど!
 心臓がいくつあっても足りないぞ。
 とにかくやりかけの仕事を終えようと、携帯の入った袋を横に、良太はまたキーボードをたたき始めた。
 静かな空間にキーボードの音だけがやけに響く。
「そろそろお茶にしましょうね」
 鈴木さんが午後三時を過ぎた頃、デスクを立った。
 その時、またオフィスのドアが開いた。
「ちょっとお邪魔しますよ」
 ツイードのオーバーコートに身を包んだ藤堂が紳士然と入ってきた。
「お久しぶりです」
「これ、シュークリーム」
「ありがとうございます!」
 良太もキリがいいところで手を休めると、シュークリームと藤堂の脱いだコートを受け取ってハンガーに掛け、窓際のソファへいざなった。
「鈴木さん、藤堂さんから、シュークリームを頂きました」
 キッチンの鈴木さんにシュークリームを持って行くと、「じゃあ、早速、お出ししましょうね」と戸棚から皿を取り出した。
「ちょうどお茶にするところでした。それにしてもコートあったかそうですが、車だと暑くないですか? 逆に」
「エアコンは控えめにしてるからね」
 そつのない藤堂のことだ、何ごとも考えて行動しているのだろう。
「京都から今朝戻ってきたんだっけ?」
「ええ」
「物騒な事件が続いてるね」
 藤堂は眉を顰めて言った。

 


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