「良太ちゃん、午後から出かけるの?」
電話を終えると鈴木さんが聞いた。
「はい、虎ノ門まで」
「そう。お昼、買ってくるけど、何がいい?」
「あ、じゃあ、マルネコさんとこのお任せで」
気のいい夫婦がやっている弁当屋は鈴木さんと良太のお気に入りの店だ。
「わかった」
「お願いします」
明日は推理作家小林千雪原作のドラマで、老弁護士シリーズ『今ひとたびの』の打ち合わせだが、千雪も脚本家の大久保や監督の山根も午後にオフィスに来てくれることになっている。
その後に、良太にはちょっと気が重いのだが、逢わなくてはならない人がいる。
佐々木淑陽。
茶道陽性院流師範であり、業界屈指のクリエイターとして知られる佐々木の母親の淑子だ。
厳格さは折り紙付きで、綾小路家の初釜でも良太はしっかり指導を受けた。
怖………、と思うものの、工藤の命で、日本の文化を担う者というドキュメンタリー番組への出演交渉を任されている。
アポを入れた時、逢うことは承諾してくれたのだが、果たしてうんと言ってくれるかどうかは神のみぞ知るだ。
今回のドキュメンタリー番組では、日本の文化である茶道、華道をはじめとして、書家や日本画家だけでなく、様々な伝統工芸師にも出演を依頼をしているのだが、家元というよりもっと身近なアルチザンに密着しようという試みだ。
その中には和菓子職人も入っていて、既に顔なじみの和菓子処のオーナー黒岩研二にも依頼し、承諾を得ている。
研二は最初話を伝えた時は難色を示したが、同級生である推理作家の小林千雪に勧められて承諾してくれた。
映画『大いなる旅人』に出演した能楽師檜山匠ももちろんオファーを快諾してくれているし、華道五所乃尾流家元の娘で華道家の理香は、工藤のファンだと良太にも言ったように、快くOKした。
工藤のファンって、実際、雷を落とされたことがないから悠長なこと言ってられるんだよな。
心の中でブツクサ言ってみる。
夕べとか優しいとこあるじゃん、なんて思った矢先、工藤から入った電話はちょっと考えればナニソレいきなり的なことを極力簡潔に命令して終わり。
一応、工藤と良太が社長と部下以上の付き合いであることは、社内及び周辺の知人の間では公認のようなものだが、良太からしてみると、俺はあんたの何なのさ、とは心の中で思っているだけ。
ま、俺が好きなんだからしょうがないじゃんね。
と、健気に工藤について行きます状態なのだ。
本当は今日は、坂口のドラマのキャスティングを煮詰めたり、ドキュメンタリーに出演依頼をするために、伝統工芸師をあと数名に絞って、アポを取ろうと思っていたのだが。
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