ほんの少し届かない13

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 ただ、急場を救ったのも万里子だった。
 時間があるときはオフィスにやってきて、売れっ子女優ならやったことのないだろう電話応対からちょっとした事務整理までを買って出た。
 かつては工藤が縁を切っているという中山組前組長の腹心だった平造は、組長の身代わりになって刑務所に入り、数年の服役を経て出所したところで、前組長の妻だった工藤の祖母から頼まれて、養父母であった曽祖父母を相次いで亡くして天涯孤独となった工藤の面倒を見てきた男だ。
 背中には彫り物があるし、堅気でない雰囲気も今更消えない平造にとっては、万里子の存在はありがたかったようだ。
『別に苦にもならなかったわ。なんだか新鮮で。工藤さんは昔もメチャ怒鳴ってたけど』
 万里子もたまにオフィスを訪れた時、当時のことをちょっと懐かしげに話してくれる。
『昔もカッコよかったけど、渋みが増してまたカッコよくなったわね、工藤さん。ここだけの話』
 ほんとはちょっと憧れてたの、とこそっと良太に打ち明けた万里子は、その後会社の嘱託カメラマン井上俊一と結婚した。
 万里子がようやく女優業に専念できるようになったのは現在も彼女の事務所でマネジメントをしている菊池が、青山プロダクション初めての社員となってからだ。
 この会社の顧問弁護士である小田から紹介された菊池は、不当なリストラにあい、訴訟を起こしたところだった。
 千雪を追ってやってきたというアスカを除き、良太自身もそうであったように何らかの問題を抱えていなければ、青山プロダクションに落ち着こうという者はいないらしい。
 ともあれ、検事の荒木とともに工藤とは大学の同期で長いつきあいになる小田にせよ、平造にせよ、下柳やひとみや、それに良太はあまり好きではないが鴻池にせよ、冷酷非道だなんだといわれながらも工藤は人には恵まれているのではないか。
「ああ、そう、もちろん千雪さんもだよな」
 工藤の関係者の中で一番異彩を放つ人物を思い描いていると、湯が沸いた。
 工藤と千雪がどうやって出会ったかとか、詳しいことは良太も知らない。

 


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