ほんの少し届かない35

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 日本のフィギュアスケートを牽引するトップスケーター上原由衣が同じ大学のOBである沢村のファンだということで二人を対談させようという企画になった。
 結局、沢村との交渉はお友達である良太に一任され、番組のあと飲みに行く約束で沢村からOKを取りつけた。
 まあ、その程度で出演を快諾してくれる三冠王とお友達であるということ自体、幸運なのだろうけれど。
「そういや沢村、ポスティングだMLBだって、前は騒いでたのに、すんなり契約更改しちまって、お前の夢はどこへ行ったんだって、お友達に聞いとけよ、良太ちゃん」
 打ち合わせが終わって会議室から出たところでまた大山が絡んでくるのをジロリと睨みつけ、良太は「お先に失礼します」とテレビ局をそそくさと出る。
 今年も優勝を逃した関西タイガースが三冠王を取った沢村を早々手放すはずもない。
 が、それだけでなくいつぞやMLBにポスティングで行く、新しいプロジェクトにお前を連れて行く、と喚いていた沢村は良太が断ってからどうやら路線を変えた。
 そんなことで路線変更するな! と、良太は沢村に食って掛かったが、沢村と来た日には、柔軟な姿勢は大事だ、とか何とか言ってごまかすのだ。
 もっともプロジェクトは既に動き始めているし、沢村も関わっているのだが、まだまだプロ野球に貢献するとばかりに、今年の契約更改時も確かに推定七千万円アップの五億程で一発サインしたはずだ。
『ホクホクでMLBも吹っ飛んだか?』
 などと揶揄する記事も書かれたりしたが、実業家としての沢村にしてみればホクホクというほどの額でもないのだ。
 いや、それより、『良太、お前が一緒じゃなきゃ行かない』なんてことが理由だなどとはさすがに記者も思いも寄らないだろうけれど。
「俺のせいにすんなよな!」
 良太はハンドルを握りながらそのことを思い出してつい喚く。
 ともあれ、大山の皮肉や沢村の戯言に関わっている場合ではなかった。
 せっかく久しぶりに工藤とお出かけの予定が入っているのだ。
 行く先は東洋商事、アポの相手は社長の綾小路紫紀。
 手土産は高級なものではないが、日比谷の芝ビルに入っている御菓子処『やさか』の和菓子。

 


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