ほんの少し届かない36

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 『やさか』は小林千雪の幼馴染、黒岩研二の店だ。
 本店は京都にあり、研二は三代目になる。近年芝ビルのオーナーにその味を気に入られて日比谷に甘味処も兼ねた店を出したという。
 千雪の従姉にあたる紫紀の夫人小夜子も研二とは馴染みで、一度良太が綾小路の家に招かれた折、そういう話も小夜子から聞いた。
 最近出した最中が殊のほか評判だというので、昨日のうちに注文しておいた最中と和菓子を引き取ってから、良太は待ち合わせをしている芝浦の英報堂へと車を走らせる。
 四時少し前にビル正面に車を停めるや、工藤が中から現れた。
「あれ、工藤……、ふーん、あれがドイツの英報堂かよ」
 一人ではなく、外人二人と話をしながら歩いてくる。
 藤田自動車のCMに志村嘉人が起用され、その打ち合わせで英報堂ドイツ支社の営業と会うことになっていたはずだが、おそらくそれがこの二人なのだろう。
 ドイツ語は七面倒だとか言いながらも、工藤はある程度しゃべれるはずだ。
 エントランス正面で二人のドイツ営業マンと話している工藤は、容貌といいガタイといいドイツ人なんかに引けを取らない。
「ああゆうとこ見ると、できる男が仕事してるって感じで、妙にカッコいいじゃんかよ」
 普段オヤジなんぞと言っているが、そんじょそこいらの若造にはたちうちできないキレモノのオーラがあって、どこぞのよれよれの窓際オヤジと一緒にできるものではない。
「あああっ、俺ってバカ!」
 一瞬呆けて工藤を見ていた自分に活を入れるべく、両手で頬をぺちっと叩く。
 と、ちょっと目を放した間に、二人の外人にもう一人加わって、ニコニコと工藤を見上げている。
「って、何でやっぱり女がいんだよっ!」
 これみよがしなミニスカートのスーツではなく、パンツスーツにコートを羽織り、後ろでブロンドをまとめてはいるが、遠目にも若い美人だ。おそらく秘書といったところだろうが、ニコニコではなくウットリ気味に見えてしまう自分にも腹が立つ。
 ようやく工藤は三人と握手を交わすと、良太の待つ車へ来て後部座席のドアを開けた。

 


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