月鏡7

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 ところがそんな時、マネージャーの秋山を伴ったアスカが現れ、「どうしちゃったの? 沢村、小田先生なんかと」と良太に聞いてくる。
 おまけに小田が帰ると、「おい、良太、お前、T大法学部なんか出てるくせに、何で弁護士じゃねーんだよ!」などと沢村が八つ当たりをぶつけてきた。
「うっせーよ! 俺は学生時代野球しかやってなかったんだよ!」
 全くこのクソ忙しい時に、と良太こそ八つ当たりしたい気分だった。
 おまけに、鈴木さんにお茶をすすめられて、アスカの向かいに座って、藤堂の土産のブラウニーを睨み付けた沢村は、結局アスカに事の顛末を吐露させられるはめになった。
「バッカじゃない?」
 話し終えた沢村は良太に続いてアスカにもストレートなご意見を食らった。
「まさか佐々木ちゃんの名前とか出してないでしょうね?」
「それはない!」
「だったら、今までにもそんなスクープはあったわけで、そこで何で小田先生? 沢村宗太郎に対する訴訟や名誉棄損なんてことになるわけです?」
 それまで黙って聞いていた秋山も口を挟んだ。
「問題はそこなんです。以前にも沢村宗太郎が興信所か何かを使って俺の調査をしていた節があって」
 渋面のまま沢村は答えた。
「ああ、なるほど、今度もやるかもしれない、しかも佐々木さんを巻き込むかもしれないことを懸念しているというわけですね?」
「もう既に変な奴が周りをうろついてますよ」
 ブラウニーを一気に食べて紅茶を飲み干した沢村は、吐き捨てるように言った。 
「それよりまず明日、どうやって、佐々木さんに会うかだよな」
 佐々木のことしか頭にない沢村はもはや誰憚ることなく口にした。
「ふーん、明日、佐々木さんと会うんだ? で、父親の放った間者に嗅ぎつけられたらって心配してるんだ? 協力してあげようか?」
 そんな沢村に目を輝かせながらアスカがのたまった。
「アスカさん!」
 怪訝な顔で良太と秋山が思わずハモる。
「いい考えがあるの」
 良太と秋山は得意げなアスカを見つめながら、嫌な予感がじりじりと迫ってくる気がした。

 
 

 十月末日。
 いつからか日本でもハロウィンのお祭り騒ぎがあちこちで見られるようになって久しい。
 ショーウインドウにはカボチャや魔女が現れ、イベントやパーティが催され、通りにはコスプレを楽しむ人々が集う。
 渋谷でハロウィンコスプレ人口が膨れ上がって数年、隣国でハロウィンの夜に起きた事故のせいで、ついにハロウィンコスプレで渋谷に来るななどと警戒されるほどとなった。
 ここウォーターフロントにあるこのホテルでもハロウィン仕様な飾りつけがそこここに見られ、思い思いのコスプレに身を包んだ面々が不気味さを競いつつ、ロビーを通っては奥の客室用エレベーターへと消えていく。
 そこへ黒の大胆にスリットが入ったロングドレス、黒のヒール、黒のリップというコスチュームに身を包んだ美女が大柄の男と腕を絡めてエントランスから上がってきたエレベーターを降り立った。
 美女が男を見上げて囁きながら笑った。
「ねえ、あれ、中川アスカじゃない?」
「うわ、何、彼氏? 誰、誰?」
 ロビーラウンジでお茶を飲んでいた女性客が彼女に気づいて傍らの友人に声をかけた。
 やがてラウンジの他の客も中川アスカに目をやった。

 


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