自分の娘が可愛いければ、そんな工藤にする話ではないだろう。
「いや、鴻池くんにちょっとだけ聞いたんだ。フィアンセに死なれてから君はプライベートが荒れているらしいとね」
余計なことをと思ったが、結局それを口実に工藤はやんわりと断ったのだ。
ゆり子は大野の弟子と言われる者たちの間では、どうやらマドンナ的な存在だったようで、彼女に告って振られたというような話も耳にした。
その後、ゆり子は堅実な高校教師と結婚したらしいと噂に聞いていた。
工藤とは同年代、電話の声からも落ち着いた女性の雰囲気が伝わってきた。
景徳寺への階段を上がる頃には既にあたりは暗く、雪は小やみになり、門をくぐるとまだ通夜が始まる前だった。
「工藤さん」
喪服の着物を着た女性が暗がりにも関わらず工藤を見て声をかけてきた。
「こんな悪天候の中、お忙しいところありがとうございます」
「…………いや、この度はご愁傷様です」
「最後に工藤さんに来て頂けたら、父も本望でしょう。生前、口癖のように言ってましたのよ。俺の一番弟子の工藤は、今、大活躍だ、なんて」
どうやら父親の死を覚悟していたかのような口ぶりだった。
「ごめんなさい、勝手に一番弟子だなんて」
「いや、光栄です。本当に不義理をしてしまいました」
時間があったら、通夜の後、父の顔を見てやってくださいと言われ、どのみち仕事はキャンセルしたのだと、言われるまま終わるまで待つことにした。
家族葬というだけあって、親戚と数名の知人くらいが訪れただけだった。
ただ、その中に局にいた頃、工藤を敵対視していた顔を見つけて、工藤が眉を顰めると、相手も工藤を睨み付けてきた。
やれやれ、未だに根に持っているとか、ガキじゃあるまいし。
読経の間、工藤は祭壇に飾られた大野の穏やかな笑顔を見つめていた。
七十代では今時まだ若いだろうその生きざまは、良太が以前ブツブツ呟いていたように魑魅魍魎が跋扈するような業界にあってはいっそ清々しいまでに実直だった。
「何でお前がおめおめと顔を出すんだよ」
通夜が終わり、残った数名が棺の前に座った時、早速文句をつけてきたのは、工藤の同期で、大野が工藤工藤と可愛がるのが面白くないらしく、何かというと突っかかってくる男だった。
「福井さん!」
ゆり子がきつく言った。
「だってそうだろう。大野さんに目をかけてもらいながら、鴻池なんかとつるみやがって」
一体いつの話だというようなことを口にする福井を工藤は呆れて見やる。
「鴻池さんは明日来てくださると連絡がありました」
凛としてゆり子がつげた。
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