「だよな。匠って、普段話してる時なんか、もう、ほんと、普通、なんだぜ? それがさ、演技とかに入るとこう、何かが乗り移ったみたいにさ」
「それ! 憑依型っていうのか? 何つうか、とにかくすげかった」
良太はうんうんと頷いた。
憑依型なんぞとどこで仕入れて来たのか、難しい言葉を使ったりしているが、
小笠原の語彙力のなさは自分と変わらない。
「よっしゃ、俺もハムレットになりきろ!」
ガツガツと唐揚げを頬張る小笠原を見つめて、良太はちょっと大丈夫なのか、と心配したものの、小笠原も舞台は初めてではないし、一応、志村が小笠原に勧めたということは、それなりに小笠原のことを認めたからではないかと、期待半分で思っている。
ドラマではそこそこ落ち着いた存在感を出せるようになってきた小笠原だが、舞台はそれこそ清水の舞台から飛び降りるような覚悟でやるしかないだろう。
「頑張れよ。一度くらいは時間が空いたら観に行くつもりでいるからさ」
「おう、まかせとけ!」
ドヤ顔で言う小笠原を見て、良太はそこでハッと気づいた。
待てよ、ハムレットを観に行くってことは、何だ? 親しまなくちゃならない芸術にシェークスピアまで加わったってことかよ?
ようやく本物の能を観たことで、親しむべき芸術の一つがクリアされたような気分になっていた良太は愕然とする。
思わずため息をついて、良太はビールをゴクゴクと飲んだ。
「なーんだよ、溜息なんかついちゃって、まさか鬼のオヤジが恋しいとかってんじゃないだろうな? この俺様と飲んでいる時に、ほんとはオヤジと一緒にいくはずだったのにいとか」
ニヤっと笑いながら、小笠原がわざと揶揄してくる。
「お前はまだボッチみたいだな?」
良太の切り返しに、小笠原はうっと言葉を呑み込んだ。
「今俺の一番痛いところを突きやがったな」
「そういや、お前んちって、今、お母さんお一人で住んでるんだっけ? 本牧?」
良太はそこで、年末から抱えているできる限り早く遂行しなくてはならないミッションを思い出した。
「そうだよ。去年オヤジが死んで、オフクロ一人になったけど、ま、お手伝いの川北さんもいるし、犬もいるし」
そもそもモデル上がりの人気俳優として活躍していた小笠原が青山プロダクションに移籍してきた理由というのが、前の事務所の社長にギャラから全て持ち逃げされて途方に暮れていた時に、仕事で知り合ったフリーのディレクター下柳に相談したことから、下柳の類友である工藤に話が来た、という次第だ。
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