寒に入り35

back  next  top  Novels


 息せき切って良太がスタジオに辿り着いた時には、既に真中が見学希望者を引率して宇都宮俊治主演の単発ドラマの収録が行われている現場へと足を踏み入れているところだった。
「お、良太ちゃん、今日撮影?」
 廊下で顔見知りのディレクターに声をかけられて、良太はぺこりと頭を下げる。
「いえ今日はスタジオ見学の引率で」
 休憩に入ったら中に入ろうと思ってドアの外で待っていると、不意にドアが開いた。
「あれ、良太ちゃん」
「三田園さん、このドラマにも出てらっしゃるんですか?」
 三田園は、『大いなる旅人』にも出演しているベテラン俳優でバイプレーヤーとしては引く手数多だ。
「ほんのチョイ役でね。貧乏暇なし?」
 陽気に笑って三田園はトイレに向かう。
「真中、遅くなって悪い」
 ようやく真中率いる見学組を見つけて良太は声をかけた。
「いいえ、終わったんですか? 八木沼選手のインタビュー」
「何とかね」
 インタビューの後が大変だったのだが、と良太は密かに息を吐く。
「八木沼選手ってお兄ちゃん、八木沼選手に逢ってきたの?」
 目を輝かせて駆け寄ったのは亜弓だ。
「何だよ、お前、いつからレッドスターズのファンになったんだよ」
「八木沼選手は別格よ! 沢村なんかよりずっとカッコいいじゃん! 逢いたい、八木沼選手に!」
「残念でした。インタビューは終了。今度『パワスポ』で特集組むからテレビで見たらいいだろ」
「ええ? ホンモノに逢いたい。お兄ちゃんばっかずるい!」
「俺は仕事なの。ちなみに八木沼は沢村と一緒に自主トレ中」
「ウッソ? 何その組み合わせ! おかしくない?」
 不服そうに亜弓が文句を言ったところで、「良太ちゃん、久しぶり!」と宇都宮がやってきた。
 宇都宮本人の登場に、亜弓はきゃあ、とばかりに夢見る乙女に戻り、鈴木さんも小杉の娘美琴も小笠原の母ゆかりまでが目を潤ませている。
「今日はお忙しいところご快諾頂いてありがとうございます」
「何の、俺と良太ちゃんの仲だろ? 固いこと言いっこなし」
 宇都宮は気軽に良太の肩をポンと叩く。
 そういう紛らわしい科白をこの人は平気で言うんだから。
 良太は上目遣いに宇都宮を見た。
「あ、こちら小笠原祐二のお母さま、ゆかりさんです。こちらはうちの小杉のお嬢さんで美琴さん、あと鈴木さんと亜弓です」
「今日はわざわざありがとうございます、皆さん」
 良太の紹介に宇都宮はニコニコと応対する。
「まあ、ホンモノは百倍も凛々しくてらっしゃいますわ。うちの祐二なんてまだまだひよっこで」
 ゆかりもJKに戻ったように声がひっくり返っている。
「お会いできて光栄です!」
 本家JKの美琴はしっかりとした口調で言った。
「あと数カット残ってますが、よろしかったら撮影が終わってからお茶でもいかがです?」
 宇都宮の科白に四人のJKとJKもどきからわっと歓声があがった。
 ほんと、この人気前がいいというか。
 良太はフッと笑みを浮かべる。
 宇都宮はでも打算がない人だから、いいよなと思う。
 それに、ゆかりも美琴ももちろん鈴木さんも亜弓も宇都宮に逢えて喜んでくれていることが何よりなのだ。

 


back  next  top  Novels

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
いつもありがとうございます