霞に月の109

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「あ、ええ、業務報告です」
「じゃあ、ちょっと河岸を変えますか」
 天野が立ち上がったので、「ここは探し物のお礼ですから」と良太はカードで支払いを済ませた。
「すみません、俺が誘ったのに。ここ、結構高かったでしょ」
 店を出ると天野が言った。
「高めですけど、相応ですよね。いいお店でしたし」
「気に入ってもらえたならよかった。次、三宿でもいいですか? 俺の気に入ってる店」
「いいですよ、行きましょう」
 こうなったらとことん飲んでやる。
 もうどうでもいいやという気分で、良太は天野の拾ったタクシーに乗り込んだ。
 その頃、工藤は会社の駐車場にいた。
 香坂や千雪にはっぱをかけられて、一度良太と話をしてみるかと戻ってきたが、外から見ると良太の部屋の明かりが消えていたため、気になって電話をしてみたのだ。
 まあ、若いやつとの方が飲みも楽しいだろうさ。
 上の部屋で休むかとは思ったものの、良太がいないところより高輪に戻ることを選んで、工藤は車のエンジンをかけた。

  

 けたたましい楽音に良太はがばっと身体を起こした。
 それから手探りで耳元で鳴り続けている『直子おススメの絶対朝起きるやつ』を止めた。
 以前、工藤には文句を言われたので、しばらくもっと軽やかなメロディに設定していたが、先日この天野の部屋で寝過ごして以来、また確かに絶対朝起きれる重いメタルな爆音にセットしなおしたのだ。
 起き上がったままの姿勢でしばらくぼんやりとしていた良太だが、「おはようございます」とこちらも起き抜けの声で言われて振り返った。
 見つめあうこと数秒、「わ、天野さん! ってここ天野さんち? 俺、またご迷惑おかけした?!」とようやく脳みそが少し働いた良太は喚いた。
「それ、確実に起きますね。俺にもその曲下さい」
 ソファから緩慢な動作で立ち上がった天野は、トイレへと消えた。
 良太はベッドを占領したあげく、パンツ一丁なのにやっと気づいて、もしや何か粗相でもしたのではないかと昨夜のことを思い出そうとするのだが、ズキズキする頭は三宿で天野の行きつけの店で、楽しく酒を飲んでいた、それ以降のことをきれいさっぱり思い出してくれなかった。
 時刻は八時、慌てて良太はシャツを着たが、天野がやってくれたのだろう、ベッドの横のサイドテーブルの上に畳んでおいてあった。
 ズボンと上着は、近くのハンガーにかけてあり、先日この来た時より部屋はきれいに片付いていた。
 顔を洗って出てきた天野もジャージのズボンしか履いていない。
「すみません、俺、ほんと、正体なくなるまで飲むとか、ほんと、申し訳ないです。ってか天野さん、仕事大丈夫なんですか?」
「今日は午後からなんで、平気です。コーヒー飲みます? あ、パン食います?」
「いやもう、お構いなく。俺、もうとっとと退散しますから」
 良太はネクタイも結ばずにポケットに入れると、一緒に置いてくれていた靴下を履いた。
「まあまあ、広瀬さんと朝コーヒー、飲みたい気分なんで」
 ちょっと笑いながらジャージの上着を羽織ると、天野はキッチンに立った。

 


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