「彼、前々からちょっと短気なところがありまして、以前の彼女に暴力を振った的なことが噂になりましたね。訴えようとしていた女性を事務所が金で片を付けたらしいです。ここのところ、どこからか今付き合っている女性と夜中に悶着を起こして隣人が警察を呼んだという噂があって、うちも仕事に関係してくるかもしれないので、それについては事実確認を急いでいるところです」
「なるほど」
「まあ、限りなくグレーなので」
「そうか。こちらは今回は見送ることにするが、一応、何かわかったら知らせてもらえればありがたい」
「承知いたしました」
森田は実力があるだけに、そういった素行の悪さに足を引っ張られるのは惜しいと思いつつ、工藤は森田クラスの実力を持つ俳優を数人リストアップした。
時刻を確認すると工藤はブリーフケースを持って立ち上がった。
「お出かけですか?」
「ええ。終業時刻までには良太も戻らないでしょうし、施錠して帰ってください」
「わかりました。行ってらっしゃい」
鈴木さんに送られて工藤はオフィスを出た。
小雨がぱらつき始めていた。
スポンサー企業の担当者とのアポイントが二件入っている。
途中電話も入ることを考えて工藤はタクシーを拾った。
今夜もおそらく良太と顔を合わせることはないだろうと考えると、少しイラついた。
時間があれば『コリドー通り』のロケに顔を出せばいいことなのだが。
案の定携帯が鳴った。
「ああ、紺野さん、例の森田の件ですが」
窓の外の雨は少し強くなった。
小椋刑事役の小笠原が容疑者を追って裏通りを走り抜け、一人は逮捕するが、一人が車で逃亡するのを小笠原もちょうど戻ってきた医師の椎名の車を借りて追って行く、というシーンをいくつかのカットで撮影が行われていた。
街灯がともり始め、ちょうど雨が少し強まってきたところでの格闘シーンは、傘をさして見ているのが申し訳なくなるくらい大変そうだ、と良太は思う。
「俳優ってきついですよね。ずぶぬれで」
隣に立つ森村も同じようなことを考えたのだろう、気の毒そうな表情で呟いた。
「だよなあ」
良太は頷いたものの、「でもモリーのが、派遣で戦地とか俳優の非じゃないだろ」と振り返る。
「いやあ、戦地はあれは現実で現実じゃないってか、あれはあっちゃいけないことだし」
「深いな」
良太は苦笑した。
「若いよな」
背後でまた別の呟きが聞こえた。
「俺、雨の中の格闘シーンとか、極力避けたい」
宇都宮の実感がこもったセリフに、「ですよね~」と良太は返す。
「でも今夜は容疑者を追って先生の車に乗り込むまでで終わりですから、さすがに雨もきつくなってきましたし」
「小笠原くん、風邪ひかなきゃいいけど」
「近くのホテル、部屋を取ってあるので、とりあえずは」
心配そうな宇都宮に、良太は言った。
「抜かりはないね、さすが」
マネージャーの真中は、バスタオルと着替えのジャケットを手に、ハラハラしながら撮影を見つめている。
格闘シーンの撮影が終わりカットがかかったところで、「なんだ、お前も来たのか」という坂口の声に振り返った良太は、そこに傘をさして立っている工藤を認めた。
途端、良太は我知らず目頭がいきなり熱くなり、俯いた。
ものすごく長い間、工藤と会っていなかったような気がした。
何だよ、予想外の登場とか、やめてくれよ。
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