霞に月の134

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「さあ」
 京助は深くも考えずそう返すと、「シチューでも作るかな」と言いながら学食を出ていく。
「良太ちゃんが? なんで?」
 香坂は思わず口にした。
 モルグに戻る道すがら、香坂はパンツのポケットから携帯を取り出した。
「私もたいがいおせっかいよね」
 呟きながら香坂は見つけた番号をタップした。
 相手はコール二回で出た。
「やだ、早いじゃない、電話に出るの」
「お前か。何だ?」
 帰ってきたのは非常に不機嫌そうな声だ。
「高広、ひどい言い草。元気かくらい聞いたらどうなのよ」
「俺は忙しいんだ。何の用だ?」
「せっかく高広が欲しそうな情報、教えてあげようと思ったのに」
「切るぞ」
「良太ちゃん、家出でもしたの?」
 電話の向こうで絶句する工藤の顔が見えるようだった。
「何だ、それは!」
「怒鳴らないでよ。さっき京助くんが言ってたのよ。千雪ちゃんとこにいる良太ちゃんの分も食料仕入れてくるって」
 あのヤロウ、千雪のとこなんかに行ってたのか。
 切ろうとした電話をそのままに、工藤はしばし沈黙していた。
「ちょっと、どうなってんのよ? なんで良太ちゃん、千雪ちゃんのとこなんかにいるわけ?」
 まだ何か捲し立てる香坂の声に気づいて、「またな」と一応告げて工藤は電話を切った。
「あら、高広じゃない。そんなとこでぼさっと突っ立ってどうしたのよ」
 背後から聞こえてきた声に、厄日か、と工藤は眉をひそめた。
 先日も局から出てひとみと会ったのはこのあたりだ。
「お疲れ様です」
 ひとみの後ろから須永がまたかよという顔でぺこりと頭を下げた。
「ごはんまだなら行こうよ」
 工藤に追いついてひとみが顔を見上げた。
「俺はこれから用がある」
 まったく、考えごともできやしない。
 そうだ、このクソ忙しいのに、何だって波多野のやつ、わざわざ呼び出したんだ。
 表向きはMEC電機広報部長だが、その実陰で工藤をガードするこ煩い男だ。
 次のCMについての相談とか言っていたが。
 その時だ、「うわっ!」という須永の声に振り返った工藤は、すぐそばに迫りくるバンにようやく気付いて、ひとみの腕を掴んだまま歩道に身を躍らせた。
 バンは間一髪工藤の傍らをすり抜けるようにして街路樹にぶつかって止まった。
「す、すみません! 大丈夫っすか!?」
 バンの運転席から慌てて降りてきた運転手が工藤とひとみに駆け寄った。
「ひとみさん!」
 須永も慌てふためいてやってきた。
 ひとみを抱き込むようにして工藤は倒れたので、腕をしたたか歩道打ちつけたが、ひとみはかすり傷ひとつなかった。
「ちょっと、ぼさっとしてないで、救急車!」
 携帯を落としそうになりながらも電話をかける須永の横で、運転手は「山内ひとみ!」と怪我をさせたかも知れない相手が有名人とわかって呆然としている。

 


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