霞に月の2

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「うわ、美味そう」
 森村もジャムの瓶をひとつ手に取った。
 平さんというのは、育ての親の曽祖父母が亡くなった工藤を中学の頃から世話をしている老獪大塚平造のことで、今は軽井沢にある工藤の別荘の管理をしながら暮らしている工藤の腹心の部下である。
 イチゴやベリーのジャムは、軽井沢の山荘に行くと必ず出してくれるが、これがまた絶品なのだ。
「明日、美味しいパンを買って来てお昼にいただきましょうよ」
「賛成!」
「Exactly!」
 良太と森村が同時に言った。
 そうと決まれば、絶対明日の昼はここに戻ってくるぞ、と良太は決意する。
 そのくらいの楽しみがなければやってられないって。
「お蕎麦を茹でていただくのもいいわね」
「え、ここで?」
 このキッチンには鍋はなかったし、器もない。
「大丈夫、私がやってあげるから。でもおつゆとかいろいろ準備しないと」
「確か、上に鍋、ありましたよ?」
 良太の部屋にある鍋は小さいが、工藤の部屋にほとんど使っていない大き目の鍋があったはずだ。
「うっわ、楽しみいい! お蕎麦!」
 森村は嬉々として大仰に喚く。
 鈴木さんはそんな森村を見て、ホホホと笑う。
 一見、どこにでもいるまだ学生のような雰囲気の森村だが、実は日系三世で、バリバリのニューヨーカーだ。
 父親は行方不明、母親はクスリで身を持ち崩し、幼い頃に今の養父波多野に引き取られたから、日本語は会話はごく普通にできるが、漢字などは目下のところ勉強中だ。
 最近日本に来た森村は、AD見習いをしていた仕事が終了し、今年に入ってからアルバイトとしてこの会社に所属している。
 万年人手不足の会社にとっても良太にとってもよく気が付いて動いてくれる森村は有難い存在だ。
「そうそう、パワスポ、夕べ見た時、感心しちゃったわ」
 息子は独立し、大学生の娘と暮らす鈴木さんは、良太にとってはただの同僚というだけでなく、出張などで部屋を空ける時、快く良太の二匹の猫の面倒を見てくれるので、到底足を向けて眠れない。
 何といっても、このビルの七階に社員寮として部屋を借りているため、朝寝坊しようが二分もあれば会社に着くという、良太にとっては最適な環境といえるし、猫も犬も好きだという鈴木さんに、猫たちも懐いている。
「何か特別な情報ありましたっけ?」
「違うのよ、春の甲子園、やってるでしょ? どこの高校だったかしら、ピッチャーがね、一九〇センチもあるんですって。最近の子は食生活が豊かなせいか、大きい子が多いのよね。でね、何より、もう、すっごい脚が長いのよ。腰までと腰から下、二倍もあるんじゃないかと思っちゃったわ」
 良太が聞くと、鈴木さんは女子高生のように目をキラキラさせる。

 


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