そんなある日、小林千雪原作の老弁護士シリーズで秋放映予定のドラマ『今ひとたびの』の打ち上げがゲスト主役竹野紗英の希望で代官山にあるカフェバーを借り切って行われた。
撮影は先月のうちに終わっていたが、打ち上げをやろうと張り切っていた竹野のスケジュールの都合がなかなかつかず、三月半ばにずれ込んだ。
子役の頃からこの世界にいる竹野は、実績を積み重ねて既にベテラン女優の風格も漂う人気女優で、彼女がこのシリーズに出たいと言ったために、急遽工藤がこのドラマを記念番組に仕立てて、スポンサーを煽ったといういきさつもあり、コケるわけにはいかないが、まあコケるはずもない仕上がりで、監督の山根も脚本家の久保田もオールアップの時から上機嫌だった。
「あ、良太、今年もやるんだろ? 花見」
桜のシーズンでもあり花見の話題がのぼると、老弁護士役の端田武とダブル主演で相棒の若手弁護士役の大澤流が良太に声をかけてきた。
「ああ、そうですね、二十六日か二十七日に一応予定してます」
良太がそう答えたのを聞きつけて、「え、何? 花見って?」と竹野紗英が割り込んできた。
「ええ、こっちの話」
それに対して大澤が即答する。
「何よ、こっちの話って」
「だからプライベートな話ってこと。参加は条件アリなの」
「何でお花見が条件アリなのよ!」
もったいぶって竹野をいなそうとする大澤に、竹野は食って掛かる。
「この業界、いろいろあんだろ? 外には出せない秘密の顔とか」
「そんなの、あたしが外でぺらぺらリークするわけないじゃない! 言っときますけど、あんたよりこの業界長いんだから」
大澤が言っているのが小林千雪のことだろうと良太もわかったが、千雪以外にも内輪だからこそな顔もある。
だからたかが花見だが、参加する人が増えるにつれ、誰でもどうぞ、というわけにはいかなくなったのは、良太もわかっている。
「キャリアの問題だけじゃねんだよ。大っぴらにできないプライバシーとか、あんだろ」
大澤の言葉にも、竹野は納得できないらしい。
「あたしと良太ちゃんは宇都宮さんとお鍋囲む仲なのよ? プライバシーなんて大体大っぴらにするもんじゃないでしょ」
二人が喧々囂々と言い争っているのでみんなの視線が集中する。
「わかりました、わかりましたから、竹野さん。ちょっとこっち」
良太は竹野を連れて柱の隅へと移動する。
「条件ってほどじゃないですけど、竹野さん、何があっても口外しないですよね?」
「するわけないじゃない。ひょっとしてあれ? ゲイの人なんてこの業界ゴロゴロいるじゃない。ゲイの友達だっているわよ」
それを聞くとふう、と良太は息を吐く。
back next top Novels
にほんブログ村
いつもありがとうございます