霞に月の55

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 いずれは離してやらなくてはならないだろうとも覚悟はできていたはずだ。
 ところがどうだ、仕事中だというのに良太のことであれこれ考えている自分に、工藤は呆れていた。
 もともとそこにあったとはいえ、壁をぶち抜いてドアを造るなど、最近ちょっと浮足立っていたかもしれない。
 シャワーを浴びて出てきた工藤は、ミニバーからビールを取り出してプルトップを引いた。
 どうせなら、あの部屋も良太に譲り、高輪に戻ればいいだけのことだ。
 もともと平造が軽井沢から出てきた時に使えばいいくらいで空いていた部屋だ。
 高輪の部屋もどうも未だに今一つ馴染めない工藤だが、良太があの部屋を使うようになるまで、会社の上の部屋はさほど頻繁に使ってはいなかった。
 もし仮に良太が会社を辞めるというのであれば、良太に貸した形になっている残額に上乗せして退職金にしてやればいい。
 だが。
 良太を手離した時、俺はまともな顔をしていられるのだろうか。
 良太がうちにきてもう六年か。
 とうに、ちゆきと過ごした時間を超えていたのだ。
 これからまた長い時間をかけて良太との時間を記憶の奥へと押しやるわけか。
 まあ、そう長い時間生きていられればの話だが。
 まだ俺の首を取りたがっているやつらが蠢いているからな。
 良太を犠牲にするような心配がなくなるだけマシってものだ。
 工藤は自嘲してビールを飲み干すと、缶をくず入れに放り込んだ。

 夕方六時を回った頃、新幹線で名古屋から東京に着いた工藤は、コンコースを歩きながら会社に電話を入れた。
「工藤です。何か急ぎの連絡はありましたか?」
 良太に連絡を入れようとしてやめ、会社をタップしたのは、良太が撮影のハズだということ以外に、何か躊躇するものがあったからだ。
 鈴木さんから、夜八時に銀座のリヨンで待っているという香坂の伝言を受け取った工藤は、他に緊急の連絡はないというので、一旦会社に戻ることにした。
 タクシーで会社の前で降りるとオフィスに上がり、工藤はパスワードで鍵を開け、灯りをつけた。
 キャリーケースをドアの傍に置いたまま奥の自分のデスクに向い、デスクの上のメモを確認する。
 今日は森村が一人で『コリドー通りでよろしく』のロケに立ち会っているはずだ。
 七時前か。
 ロケは銀座だったはずだ。
 ちょっと顔を出してからでも『リヨン』に間に合うだろう。
 オフィスを出ようとして、ふと良太のデスクに目をやった。
 こんな風に、この先良太のいないデスクを見るだろう自分を想像して工藤は苦笑する。
 ったく、ざまあないな。
 灯りを消してオフィスを閉め、七階に上がりキャリーケースを部屋に放り入れると、工藤はそのまま銀座へ向かった。

 


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