風そよぐ1

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 風が爽やかになってきた。
 ゴールデンウイークも過ぎると、街も一段と活気づいてくるようだ。
 新入生、新入社員が心も軽く街を闊歩している。
 ただし、ここ乃木坂にある青山プロダクションのビル二階にあるオフィスのある個所は、何やらどんよりと空気が淀んでいた。
 ガラス張りの窓近くには大テーブルがあり、香しいかおりがたつ紅茶を前に、ソファにまったりと向かい合って座っているのは、社長秘書にしてプロデューサーの肩書を持ち、なおかつ仕事は運転手兼雑用係といった何でも屋に徹している広瀬良太と、T大法学研究室に籍を置き、司法試験も通っているものの、どちらかというと大学時代にミステリーで賞を取り、その小説がベストセラーとなり、三文小説家だの探偵小説だの、評論家という類の連中にこき下ろされながらも、行動を共にしていた綾小路京助とともにたまたま警察から助言を求められたことで容疑者が捕まったために、名探偵だのなんだの騒がれるようになってしまった小林千雪の二人の青年だった。
 ただ共通しているのは、どちらも目の下にクマがあることだろう。
「夕べは夜中三時までスタジオで撮影の立ち合いで、今朝は朝一でスポンサーと打ち合わせで、ここんとこ睡眠不足が続いてるんですよね~」
「俺も、教授の論文のてったいと、ミステリー誌の連載の原稿で今朝まで。もう、頭真っ白で、今朝ちょっと研究室寄るつもりやってんけど、例のコスプレやる気にもならんくて、研究室に向かうとこで京助につかまって気ぃついてんけど、ほんまもうどーでもええて思たけど、もう研究室寄るんやめてここに直行してもたわ」
 先ほどから二人してはあ、とため息も同時に、憔悴している者同士、先ほどからぶつぶつと愚痴りあいをしていた。
 小林千雪の場合、面倒なことに、稀有な美貌故に人に絡まれることを避けるために取った苦肉の策で、櫛の入っていない頭やくたびれたジャージにスエット、オッサンの履くような近所のスーパーで千円あたりで買った運動靴、太い黒縁の眼鏡といったコスプレが、名探偵のイメージとして世の中に定着してしまっていた。
 かろうじて、自宅や京助の部屋以外では、実際の小林千雪で通っているこの青山プロダクションにいる時くらいは、ほっと息がつける癒しのスポットになりつつあった。

 


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