翌日、工藤が知り合いに頼んで予約してもらったはいいが、サンタ・マリア・デレ・グラッツィエ教会の中にやっと入れたのは一時間長蛇の列に並んだ後のことだ。
しかも列のあちらこちらに日本人の団体が目に入る。
「俺、日本の寺に来たんだっけと思っちゃいましたよ」
「日本人は世界中にたむろしてるさ。特に有名ってだけで飛びつく女ども」
煙草をくわえながら苛つきが顔に出ている。
観光地にとっては、不況も何のそのの日本人は金のなる木だ。
「まーた、そんな言い方しちゃって。でも、知り合いってイタリア人ですか?」
「まあな。ほら、動いたぞ。前行け、前」
あれ、何か、今、ごまかそうとしなかったか?
良太は訝しく思いつつ苦々しげな顔つきの工藤に急かされて教会の中に足を踏み入れた。
「うっわー、すんげー、本物~」
思わず、声を上げてしまう。
良太の眼前には、柔らかな灯りに包まれ、すっかり修復された『最後の晩餐』があった。
「教科書と同じだ~」
呟いた良太の周りから、くすくすと笑いが漏れる。
ぱちぱちと写真を撮っている女の子たちはどう見ても日本からの観光客だ。
あちゃ~
隣で工藤も苦笑いを隠せない。
「工藤さんまで笑うことないだろ」
良太も持ってきたデジカメで、数枚写真を撮る。
「まあ、お前に芸術的な観点からものを言えなんて言わないさ」
「バカにして!」
荘厳な雰囲気の中、良太は英語で書かれた説明書きを読んで、絵を理解しようと必死だ。
「ほら、行くぞ、そろそろ」
「はいー」
慌ててカタログを買って教会から出ると夏の空が眩しい。
教会前まで地下鉄でやってきた二人は、また地下鉄で移動しようと歩き出したところで、すみませ~ん、と黄色い声に追いすがられた。
「シャッター、押していただけませんかぁ? 日本の方ですよねぇ?」
OLか学生くらいだろう、茶髪の女の子二人組のうち、背の高い子がカメラを差し出した。
「ああ、いいですよ」
良太は気軽にカメラを受け取った。