花びらながれ16

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 悪いけど沢村、とても佐々木さん、ここで俺が何か話しかけるって、ムリ。
 しかも仕事以外のこととかで。
 撮影が始まるとスタジオ全体に緊張が走る。
 小笠原も古木も問題はなかったが、三度のリテイクとなって、休憩に入った。
 リテイクの原因は、主にワイマラナーのトムのご機嫌が悪かったせいで、おそらく張りつめた空気がトムに伝わってしまったのだろう。
 小笠原は犬が好きなようでゆったりと笑っているし、古木は佐々木とは顔見知りのようで笑顔で和んでいる。
 困っているのは犬を管理している会社のトレーナーのようで、しきりにトムのご機嫌を取っているが、動物を使う撮影は非常に難しいことは周りもわかっているはずだ。
 美しいワイマラナーだ。
 メタリックなダークブルーの車体によく合っている。
 そんなことを考えながらじっと、トムを見つめていた良太は、トムと目が合った。
 良太は何となく目をそらし、小笠原の方へ行こうとしたその時、冷たい鼻が手に当たった。
「え?」
 思わず横を見ると、トムが良太の横にぴたっと身体を寄せて立っている。
「よう……まあ、緊張するよな、みんなピリピリしてるから」
 かがんで首の辺りをさすってやると、トムは素直に身体を預けてくる。
「すみません」
 トレーナーの青年が慌てて後を追ってきた。
「この子、結構気難し屋で……でも、犬、お好きなんですね、トムはあまり人に懐かないんですけど」
「え?…そうですか?」
 苦笑いをする良太は、確かに昔から知らない犬に懐かれることがよく合ったのを思い出した。
 なんか、イタリアでもそんなことあったよな………
 次の撮影が始まる時までトムを撫でてやり、良太は「頑張れよ」とポンポンと軽く身体を叩いて送り出した。
 まるでトムはそれがわかったかのようにいい動きをして、今度はしっかりOKが出た。
「良太、どんなテクニック使ったんだ? 犬とか飼ってねぇよな?」
 撮影が終わると、トレーナーより良太のところへ戻ってきたトムを見て、小笠原が不思議そうな顔をした。
「飼ってるのはネコだけだよ」
 何だかトムを手なずけたというよりは、トムに気に入られたといった方がいいかもしれない。
 小笠原もトムを撫でながら、「これはロケの時も良太に来てもらわないとダメじゃね?」などと言う。
 いや、それ、ムリだし。
 心の中で良太はきっぱり否定する。
 とにかくこれ以上、仕事を増やさないでほしい。
「これから犬猫関係はお前の担当にするか、な」
 ふいに背後で聞きなれた声がして、良太は振り返る。
「工藤さん、来てたんですか。いくら何でもこれ以上俺に押し付けないで下さいよ」
「急用だ、良太、行くぞ」
 で、いきなりこれである。
「え、待ってくださいよ」
 良太は、お先に失礼します、と佐々木や河崎に挨拶し、名残惜しげなトムをちょっと撫でてから、慌ててたったかスタジオを出る工藤を追った。
「会社に戻れ」
「あ、はい、いったい何なんです? 急用って」
 後部座席にどっかと座った工藤は険しい顔をしていて、良太の質問にも答えようとしなかった。


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