鬼の夏休み1

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 旧盆も過ぎた八月中旬、時効の挨拶なら残暑となるはずだが、東京は蒸し暑さマックスで、どこもかしこもエアコンはフル回転だ。
 これが外に出ると、気温は上がりに上がり、今日もまた三十五度を超える猛暑日となった。
 乃木坂にあるここ、青山プロダクションビル二階にあるオフィスもやはり例にもれず朝からエアコンなしで何ができようか状態だが、それでも冷やし過ぎないようにと、経理その他を担当する鈴木さんが大体二十五度前後に設定している。
「ただいま戻りました」
 広瀬良太は、あちぃ、と言いつつ脱いだ上着を手にオフィスのドアを開いた。
 名刺には社長秘書兼プロデューサーなどと、いかにもな肩書をいただいてはいるものの、その実、運転手兼何でも屋もくっつけたいくらい、諸事情により万年人手不足のこの会社ではあらゆることが、この良太の肩にかかっていると言っても過言ではない。
「お疲れ様」
 良太が上着を自分のデスクの椅子に引っ掛け、ネクタイも緩めて、ノートパソコンを立ち上げていると、鈴木さんが冷たいアイスコーヒーを持って来てくれた。
「わあ、ありがとうございます! うう、冷やされるぅ~」
 ゴクゴクと半分ほど飲み干すと、良太はようやく一息ついた。
 午前中は、イメージキャラクターとして関西タイガースの人気スラッガー沢村智弘を起用した大手アパレルメーカー株式会社ONOのスポーツウェアブランド『アディノ』の新CMのデータを携えて、クライアントの本社ビルへ行ってきたところだ。
 良太はあくまでも沢村の依頼で代理人ということで参加していたのだが、代理店は青山プロダクションには馴染みのあるプラグインで、担当は藤堂、稀代の天才クリエイターと称される佐々木周平制作のこのCMの出来上がりはかなりハイレベルなものになっていた。
 かつては大手代理店英報堂のエリート営業マンだった藤堂をして、デキ過ぎと言わしめたその内容は、アディノのウエアを着用した沢村が朝もやの中を走っている、小雨の中を走る、夕暮れを走る、という数パターンと、スイングしている沢村の数パターンが用意され、いずれも甲乙つけがたい完成度の高いものに仕上がっていた。
 結局、アディノの広報課長小菅をはじめ、部長、専務あたりまでが試写に列席したのだが、出来栄えの良さに唸るばかりで、大した変更もなくすんなり通りそうだった。

 


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