鬼の夏休み10

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「うるさいな、俺は検診とか嫌いなんだ」
 しれっと工藤はそんなことを言う。
「またそういうことを。社長が倒れでもしたら、会社どうすんです?」
「そしたら、俺の代わりにお前がやればいいさ」
 それを聞くと思わず、良太は声を上げた。
「冗談も休み休み言えよな!」
 怒りと哀しさで良太は目頭が熱くなるのを感じた。
 何言ってるんだ、このオヤジは!
 勝手なことばっか言って!
 あんたが倒れたりしたら、俺なんか立ってらんないんだよ!
 ばっきゃろ!
 店内だということを辛うじて思い出した良太は、怒鳴りつけたいことをぐっと飲みこんだ。
「ったく、可愛い部下にこれ以上心配させないでくださいよ」
 吉川は笑いながら、二人の前にフルーツシャーベットを置いた。
 良太は情けない顔をしたまま、シャーベットをすくって口に運ぶ。
 工藤はシャーベットを一口口にしただけで、良太の方へ押しやった。
 上目遣いにちょっと睨みつけたものの、結局良太はシャーベット二人分を食べてしまった。
 何だかだ言いながら、俺って貧乏性っつうか、食い意地張ってるっつうか。
 エスプレッソの苦みを味わいながら、良太はふと、母親の言葉を思い出した。
「お腹いっぱいご飯が食べられることを、感謝しなくちゃだめよ、良太」
 母親はクリスチャンでも何でもないが、その言葉は耳にタコで、今やっと頷ける気がした。
 それにしても、付き合いが長くなると、随分大人に思えていた工藤の中にある子供っぽさがたまに垣間見えるようになった。
 パーティや宴会が嫌いですぐ逃げる、検診が嫌い、病院が嫌い、ってまんまガキじゃんね。
 注射嫌い歯医者嫌いな俺と五十歩百歩? 大同小異?
 工藤も飲んだので、車は店の駐車場に置かせてもらって別荘まで歩くことにした。
「うわ、やっぱ、こっち涼しい!」
 工藤はトランクからカートを取り出してカラカラと引き、良太はバッグを背負って歩きながら、満ちる寸前の月が煌々と見下ろしている空を見上げた。

 


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