鬼の夏休み36

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「いや、その人はもう亡うなったらしい。で、平造さんの知っているお嬢さんいうんは、さぎりさんのことや」
「さぎりさん?」
「中山組の先代の奥方が生んだ娘を、両親に託したんがさぎりさん。つまり工藤さんの母親や」
「はあ……」
「まあ、自分の娘を抗争やなんかに巻き込みとうなかったんやろな、極秘裏に親に渡したつもりやってんけど、いつの間にかどこからか漏れてしもて、噂も広まって、工藤さんはさぎりさんを遠い私立の学校の寮に入れたらしいねんけどな、学校でもどこからか知れてしもて、結局地元に戻って来てんけど、相当なストレス抱えてたいう話で」
「って、誰の話ですか?」
「平造さん。前にちょっと聞いたことがあるんや。平造さん、先代の奥方の命で、さぎりさんを陰でガードしとったらしいね」
「え?」
 良太は驚いた。
「それが米兵と出くわして、ここが親子やろか思うんやけど、前のめりになってしもたんやな。夢中になった米兵はさぎりさんを残してとっとと帰還してしもて音沙汰なし、適応障害とかで入院してたんやけど、妊娠がわかった時はもう精神的に追い込まれてた時で、工藤さんが生まれて間もなく、飛び降りやったらしいけど」
「それって、工藤さんも知ってる?」
「多分。まあ、その後工藤さんを育てた曽祖父が先に亡くなり、曾祖母が亡くなる時、先代の奥方が工藤家の弁護士を後見人に、平造さんを親代わりにしたいう話や。良太はそのうち、工藤さんからちゃんと聞いたったらええわ」
 そこで千雪は口を噤んだ。
 ただ聞いているだけでも重い話で、二人ともしばらく言葉もなく、氷が解けかけたアイスコーヒーを飲んだりしていた。
「ああでも、工藤さんに同情するとかはない思うで?」
「え?」
 思い切り工藤を同情の目で見ていた良太は聞き返した。
「工藤さんの中ではとっくに過去のことやし、特に母親とか逢うたこともないわけやから」

 


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