鬼の夏休み65

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 工藤が現れると、ドカッとデスクに座る社長らしき男を囲んでいた連中が色めき立った。
「これはまた、今日はどういうご用件で? 工藤さん」
 何だって俺の名前を知ってるんだなどと聞くべくもない。
「三千万だ。広瀬の借用書を渡してもらおう」
 スーツケースにキャッシュで持ち込んだ金をデスクにおいて工藤は言った。
「金輪際、広瀬良太の三メートル以内に近づかないと文言を書け」
 工藤は借用書に誓約文を書かせ、拇印を押させると借用書を奪うように取り上げて踵を返した。
「しかし、あのほそっこいガキに三千万とは、ひょっとしてタレントかなんかで売り出すんですかい?」
 背中でそんな科白を聞いた工藤は、「うちは万年人手不足で、せっかく入った社員は貴重なんだ」と言い残して事務所を去った。
 良太が入院しているうちにアパートを引き払い、会社の上にある今の部屋に家財道具一式と猫一匹を移動させた。
 退院して猫にすりすりしている良太には、三千万はこれから給料から引くからと言ったら一応納得した。
 だがこの俺が誰かのために三千万をポンと出すとか、いくら人手不足で大事な社員とか言ったところで、あり得ないだろう。
 あっけらかんと猫とじゃれている良太を見ながら、自分で自分に突っ込みを入れた。
 その頃はもう、何をやらかすかわからないこのガキにとらわれていたのかもしれないな。
 フン、と工藤は苦笑いする。
 あの闇金、先見の目があったかも知れん。
 タレントでも売れっ子になっていただろう良太を、そうさせたくなかったのは俺の業だ。
 制作サイドでもとっくに妙な底力を見せつけている。
 もし仮に俺に何かあった時は、会社は良太が引っ張っていくだろうさ。
 ふと良太の方に目をやると、少し目が合った。
 すると、良太はちょっと眉を顰めて目をそらす。
 そんな刹那の目元に微かな色を認めて、工藤は鼻で笑った。

 


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