春雷7

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「そうよね、お兄ちゃんって何にも考えないで直球ばっか投げるから、沢村のやつにいっつもホームランにされてたし」
「何言ってんだよ! 三振取ったことだったあるし、いっつもホームランなんかじゃないだろうが」
 つい語気が強くなる良太に、亜弓は「これだもんね」と本宮を見た。
「論点がずれちゃってるし。お兄ちゃんは何も考えないってことを話してるのに、沢村のホームランの方に行っちゃってるんだから」
 そう言われると良太もうっと言葉に詰まる。
「ってか、それじゃ俺が何も考えない人間みたいだろうが」
 すると亜弓はケラケラと笑う。
 とその時、奥の方から、「やっぱり、良太ちゃんじゃない」という聞き覚えのある声がして、良太は振り返った。
「ひとみさん、……とヤギさん、お疲れ様です」
 シックな黒のドレスの山内ひとみの後ろにはいつものようにジーンズに革ジャケットの下柳が立っていた。
「おう、良太ちゃんか」
 相変わらずの無精髭で下柳がニヤリと笑う。
「あ、妹の亜弓と友人の本宮さんです」
 良太が二人をひとみたちに紹介すると、「あら、妹さん? 新人女優さんかと思ったわ。初めまして、山内です」とひとみが二人ににっこりと微笑んだ。
「へえ、妹さんか。良太ちゃんにはいつも世話になってます。下柳です」
 亜弓と本宮はいきなり大女優と誰だかわからないが業界関係者らしい男の出現に「こちらこそ、兄がお世話になっております」と立ち上がる。
「二人は教員の研修で東京に来てるんです」
「まあ、そうなの。良太ちゃん、ちゃんと妹さん孝行してあげてえらいわね、ごゆっくり。またね」
 良太が軽く会釈をすると二人はレストランを出て行った。
 二人が親しいことは知っているが、こんなレストランにひとみと下柳とというのは珍しいなと良太はちょっと思う。
「あの、髭の人はどういう人?」
 亜弓が聞いた。
「下柳さんはうちの社長と同じ元MBCの社員で今はフリーのディレクターなんだ。レッドデータアニマルズやった人だよ」
「え、ウソ、あの人が? ええ、もっとお話し聞きたかった」
 レッドデータアニマルズはビデオに撮って何度も観ているというくらい、亜弓は動物関連の映画やドラマには目がないのだ。
「またそのうち、機会があったらね」
「いやあ、本物、やっぱすごい美人ですよね、山内ひとみ」
 本宮はひとみの方に感心しきりのようだ。
「肌きれいよねえ、でも私のこと新人女優かと思ったって」
 亜弓が嬉々として言う。
「社交辞令みたいなもんだよ」
「あのね、いくらほんとのことでもちょっとはオブラートに包むとかしたら? お兄ちゃんてお世辞の一つも言えないで、よく芸能界なんかで生きて行けるわね」
 サラリと答える良太に、亜弓が食って掛かる。
「お世辞とか無理なんだよな、俺。でもうちの社長みたいに、ボロクソに言うようなことはしないし」
「ふーん」
 コーヒーが済むと、良太はそろそろ行こうかと立ち上がった。
 良太としては大きめの出費だが、ひとみの言葉ではないが、妹のためならたまには惜しくはない。
「え、まだ会計は済んでませんけど」
 先にレジで精算しようとした良太は、スタッフにもういただいておりますと言われて、不思議そうに聞き返した。


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