月鏡77

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「もともと父親が私にくれたロンドン土産だったんだけどね」
 良太は驚いた。
 富貴子の用というのがそんなこととは思いもよらなかった。
 高価なものかどうかは別として、そんな大切なものを良太は手に取る勇気はなかった。
「待ってください、そんな大切なものを俺がもらうわけにはいきません。それに、あなたから俺が何かもらうってこと自体………」
 工藤の会社の社員が中山会から何かをもらうということは、工藤にとってまずいことになるのではと良太は思ったのだ。
「中山会のものじゃなくて、工藤家のものなんだろ? だったらいんじゃね?」
 逡巡する良太に京助が言った。
「さぎりの写真が入ってるだけだよ」
 富貴子はロケットを開けて中を見せた。
「もともと工藤が曽祖父からもらったってことにしちまえば、問題ねぇだろ」
 それでも良太は戸惑いを見せた。
「わかりました。でも俺がもらうわけにはいきませんから、お預かりして俺から工藤さんに渡します」
 良太はきっぱりと言った。
 富貴子はするとソファにもたれかかり、全く、と言った。
「良太ちゃんにあげるって言ってるのに、んとに強情な子だねぇ。まあ、いいわ。用はそれだけ。とっとと帰った帰った」
 富貴子は手で追い払うように言って、そっぽを向いた。
「ではお預かりします。失礼します」
 良太はケースの蓋を閉めるとしっかと持ち直し、京助らに守られながら部屋を後にした。
 ドアを閉める時、ちょっと振り返った良太に、富貴子の目が少し潤んでいたように見えたのは、気のせいだったろうか。
 確かに自分で蒔いた種とはいえ、これまで富貴子が工藤と顔を合わせたのは、たった一度、富貴子の祖母が亡くなる時、工藤の行く末を平造と工藤家の顧問弁護士に任せる時だけだったという。
 本来なら手元で育てたかっただろう娘を自分の父母に託し、さらに孫の工藤とも縁を切り、これまで一切の関わりを持たなかった。
 このペンダントは唯一、工藤の両親とを繋ぐ形見のようなものだったのではないか。
 今これを手離そうと思ったのは、自分の年齢を考えて、今しか渡せるタイミングはないだろうと思ったからに違いない。

 


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