「そのこと佐々木さんにばれたら、お前今度こそ最後通牒かもしれないぞ」
だが、厄介なことに、以来おそらく父親が差し向けたのだろう男が沢村の身辺を嗅ぎまわるようになったというのだ。
これには沢村も堪忍袋の緒が切れた。
以前にも父親が沢村の周りを探らせるようなことがあった上、万が一、佐々木にまでことが及んだらと危惧した沢村は、法的手段に出てもそれを阻止することにした。
「万が一沢村宗太郎氏の行為があなたや佐々木氏のプライバシー侵害となり不利益になるような不法行為だと判断すれば告訴も辞さないと。この場合、主に損害賠償請求となりますが、仮に名誉を傷つける不法行為や犯罪行為に値するようであれば名誉棄損罪ともなりますが、お父上相手でも?」
「無論です」
厳しい顔で尋ねる小田に、沢村はきっぱりと答えた。
二人のやり取りはワンフロアのため、ところどころ聞こえてくる。
会議室でと勧めたのだが、良太は聞いても構わない、ここでいいと沢村は頑として言った。
というわけで、自分の仕事をしていても、二人のようすが気になってしまい、良太のキーボードを叩く指が時々止まる。
大学進学と同時に実家を出たという沢村が、家とは縁を切っていると言っていたように、家族、特に父親とは折り合いが悪いことは良太も知っていたが、訴訟を起こすほどとは思ってもいなかった。
良太にとっては家族は、それこそ父親の負債を背負っても守ってやるぞ的な存在で、喧嘩をしても翌朝にはまた普通に顔を突き合わせているくらいなものだ。
家はなくなってしまったが、盆暮れ正月には良太も妹の亜弓も両親の住む熱海の狭いアパートに顔を出し、一緒にテレビを見て笑い合う。
それが家族というものだと、良太は何の疑いもなく生きてきた。
ったく、なまじっかセレブの家に生まれたりすると、面倒なことこの上ないよな。
聞けば、沢村の両親は企業同士の政略結婚でそこには愛もへったくれもなく、双方とも恋人がいたりするという。
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