月鏡89

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 工藤が生まれてわりとすぐに亡くなったというのだから、存在自体わからないというのも頷けないことはない。
 母親というなら工藤を育ててくれた曾祖母の方がそれに値するのかも知れない。
「でも、形見みたいなもんじゃないですか。実感はなくても事実ですし」
「ババアが老い先短い自分が持ってると、工藤のうちのもんに渡せなくなるとか思って、お前に渡そうってんだろ? これでぽっくりいっても思い残すことはないだろうから、もうお前にも接触してきやしないだろうが」
「だから何で俺が持ってるんだよっ!」
 良太は思わず抗議した。
「さあ、俺もぽっくりいくかもしれないからな。お前が持ってる方が安全だろ」
「冗談でもそういうこと言うな!」
 しれっと言う工藤に、良太は食って掛かる。
「それで小田は告訴したのか?」
 工藤はフンと鼻で笑うと、さらりと話題を変えた。
「………まだです。アポがなかなか取れないとかって、向こうはさり気に逃げてます」
 むすっとした顔で良太は答える。
「とっとと進めろって言っておけ」
 工藤が立ち上がった。
「メシ、行くぞ」
 これで話は打ち切りということだ。
 ひとまずペンダントは良太が持っているしかなさそうだ。
 工藤といつも行く小料理屋での食事だが、ちょっと考え込んでしまった良太はあまり箸も酒も進まない。
「お前が何か考え込んでいるとか、ロクなことはないからやめろ」
 鰤の刺身や米茄子の田楽、里芋の煮物、鱚や椎茸の天ぷら、海老の餡かけなど、この店自慢の料理が出されているというのに、良太がもそもそしていると、工藤もいい気分で酒が飲めない。
「はあ………」
 ペンダントは自分が持っているしかない、とは結論づけたものの、どこかでしっくり来ていなかった。
 だが、工藤も頑固だからこれ以上良太が何を言ったところで、前言撤回などするはずもない。
 目の前に美味しそうな料理があるのに、モソモソしていてはせっかくの料理に申し訳がない、とばかりに、良太はようやく箸を進める。
「あ、宇都宮さん、ドラマのOKいただきましたけど、来年は結構スケジュールが詰まっているので、空いている時に撮影を入れる形になるということです」

 


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