良太がプロデューサーとして名を連ね、土曜日の夕方放映されているドキュメンタリー番組『和をつなぐ』は地味に好評を得ており、仙台では俳人新田公博の取材を行うことになっている。
新田公博は四十五歳、仙台に住むその世界では若手になろう芭蕉を研究する俳人である。
もともと高校教師だったが退職し、山形に住むやはり芭蕉に傾倒する俳人牧野重治に師事、今や宮城県を代表する俳人となり、牧野亡きあとは芭蕉と言えば新田と言われている。
新田自身は昨夜の大阪での講演のため、今日仙台に帰る予定で、三時以降にしてほしいという本人の要望で、撮影クルーは先に現地に入り、既に近隣の芭蕉ゆかりの地の撮影に入っている。
芭蕉とかって、千雪さんも好きだよな、確か。
冷凍していた最近話題の美味しい食パンをレンジで解凍しているうちにシャワーを浴びてきた良太は、パンをオーブントースターに放り込み、少し焦げ目がつくまで焼いて、チキン入りサラダを器に盛りつける。
ふわふわオムレツはまだ難しいが、やわらかめのスクランブルエッグくらいならできるようになった。
パンとスクランブルエッグを乗せた皿とセットしていたコーヒーをマグカップに注いでキッチンのテーブルに並べたところで、工藤の部屋へのドアが開いて、のっそりとバスローブの工藤が現れた。
「今、食べます?」
一声かけて良太はもう一つのマグカップにコーヒーを注ぐ。
キッチンのテーブルは大きくないし、工藤は窮屈そうに椅子に座る。
少なくとも良太より工藤の方が料理はできるのは、以前軽井沢の別荘で過ごした時に作ってくれたのを見て知っているが、要は食事にあまり執着がないしまめにやるタイプではない。
良太としては健康を考えてとりあえず食べてもらうのが目的だから、多少下手でも気にしてはいない。
工藤もよほどまずいか焦げたりしなければ、頓着ないようだ。
「檜山の問い合わせはまだあるのか」
バタを塗って差し出されたパンを受け取りつつ工藤が聞いた。
「はあ、まだあります。思い出したように何度もかけてくる代理店とかもあるし」
GWに公開された映画『大いなる旅人 京都』は思っていた以上の興行成績を収め、出演者は再クローズアップされたが、中でもゲスト主役として出演した能楽師檜山匠はにわかファンが雨後の筍のように急増し、SNSでは檜山の舞台のようすから映画のシーンだけでなく隠し撮りまで拡散され、テレビの情報番組や週刊誌は檜山の特集を組み、檜山の実家である狩野流と檜山のみならず母親や養子となった祖父のことまで取り上げてくれた。
「これが嫌だったんだよな」
檜山がぼそりと言ったのが、狩野流の次期宗家とされている兄と比較されてあることないことばらまかれたことだった。
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