「少なくとも兄と俺は仲たがいなんかしてないし、父親は嫌いだけど」
かろうじて檜山はSNSをやっていないため、直接何かを受け取ることはないが、青山プロダクションが公開している映画のSNSへの書き込みの中には、事実ではないことだけでなく、危険そうな書き込みもあったりして、良太は檜山用に車を調達し、『猫の手』にSNS対策のみならず檜山のボディガード兼運転手を依頼した。
何でも屋の『猫の手』は、ここのところ青山プロダクションのお抱えのような事態になっている。
「こないだもオフィスまで押しかけてきた代理店があって、丁重にお断りしましたけど」
檜山へのCM依頼やドラマ、バラエティへの出演などの依頼がひっきりなしで、本人はNOと言う限り、良太が断るしかない。
能楽師である檜山は個人だし、どこかの事務所に属しているわけでもなかったため、必然的に青山プロダクションが窓口のようになっている。
そして必然的に良太が対応せざるを得ない。
「CMの中には、匠も時間があればというようなものもあったんですけど、しばらくは公演と稽古に集中したいらしくて」
「ああ。映画でかなり時間を弄したからな。サポートしてやってくれ」
工藤も檜山には多少気の毒をしたくらいは思っているが、だからといって周りに左右されるような檜山ではないこともわかっている。
ただ何かあるかわからないこの業界、檜山でも対処に困ることはいくらもありそうだが、そこは良太に任せておけば何とかなるだろうくらいには、工藤は良太を信頼している。
良太にはどうもそのあたりがまだわかっていないようなのだが、本人がわかるまで工藤は口にするつもりはない。
工藤がコーヒーを前に新聞を読み始めると、良太は食器をシンクに下げて身支度をした。
「じゃ、俺、出かけます」
「おう、気を付けていけ」
「はい。何かあったら連絡ください」
あいにく今日の工藤は午後に出かけるまで時間があった。
良太が猫たちを一撫でしてでかけると、工藤は自分の部屋に戻ろうとドアを開けると、テーブルの上の携帯が鳴っていた。
「何ですか、これから出かけるんで忙しいんですが」
相手が脚本家の坂口と見ると、工藤はどうせろくでもない話だろうとけんもほろろな言い方をした。
「は? 第二弾? シリーズ化?」
案の定、春に放映された『コリドー通りで』の第二弾をやるぞなどという話だった。
そこそこの視聴率を取ったアクションサスペンスのバディ物だが、大物人気俳優宇都宮俊治と青山プロダクション所属俳優小笠原祐二のダブル主演で、特に宇都宮のスケジュールを無理無理押さえて成立したドラマだ。
「来春って、宇都宮のスケジュールなんかそうそうあいてるわけないでしょう」
とりあえず拒否ってみるが、そんなことで怯むような坂口ではない。
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