坂口の口車になど乗りたくもないし、工藤としても気は進まないのは確かだが、ここはやはり良太を使うしかないだろう。
宇都宮と一回や二回の鍋パくらい、目をつむってやってもいい。
ただし、ひとみや他のメンバーも一緒というのが条件だが。
俄かに工藤の眉間に皺が寄る。
「何か、問題でも?」
それに気づいた紫紀が、怪訝そうに聞いた。
「ああ、いや、何とか宇都宮、小笠原ともにスケジュールを押さえますよ」
工藤はデザートに手てきた和風の南瓜プリンを見て、良太が好きそうなやつだな、などと思いつつ、量も少なかったこともあるが工藤にしては珍しくそれを平らげた。
ここ数日は穏やかな天候だという予報通り、仙台への道はスムースで、良太がナビに入れた新田の自宅に着いたのは二時半前だった。
クルーが撮影の準備をする間、良太は新田と少し話をした。
「先の大震災でうちなんか特に古くてボロだったんで住めなくなって、一年前にやっと建て替えたんですよ」
震災の爪痕は物理的な復興がなされても、人々の心の奥深いところではそうそう癒えるものではないだろう。
まだ真新しいリビングに案内された良太は当時のことを言葉少なに語る新田の表情を見ながら思いやる。
「いや、俳人とか煽てられてますが、教員の妻があってこその私なので、こんな風にテレビで取り上げていただけるなんて、ほんとありがたいです」
謙遜する笑顔には人の好さが滲み出ているようだ。
奥さんとは教員時代に知り合って結婚し、一人息子は高校生だという。
「あ、そうだ、推理作家の小林千雪さん、ご存じですか?」
良太は忘れないうちにと切り出した。
実は、芭蕉といえば千雪もかなりのめり込んでいて、新田のこともよく知っており、取材に行ったらぜひ一度会いたいと伝えろと、半分脅しのように言われていた。
「ああ、ベストセラー作家の? もちろん存じてますし、読んでますが」
「いや、好き嫌いはあるかもなんですが、実は小林さん、かなりの芭蕉ファンで、新田先生のことをちらっと話したら、ぜひ一度お会いできればとおっしゃってまして」
「ほんとですか? それはもうぜひ! 大変光栄です」
おそらく社交辞令ではないだろう、新田は前のめりに喜んでくれたようで、良太もほっとする。
「そういえば、小林先生の原作ドラマ、青山プロダクションで制作されているんですよね? 広瀬さんがプロデューサーされてるんですか?」
「あ、いや、私はサポート的なことをやってるだけで、プロデュースは局やうちの工藤が」
実際は丸投げされて動いてるのは俺ですけど、とは良太の心の声だ。
撮影の方は穏やかに進んだ。
教員をやっていたという新田は、はっきりと通る声だし、かつわかりやすい話し方でほとんどリテイクなしで一日目を終えた。
「おう、風呂、行かねえの? いい湯だったぜ?」
ロビーで土産物を物色している良太に温泉に浸かってきたらしい浴衣の下柳が声をかけた。
今回は展望大浴場のある宿を取ったので、宴会場での夕食でも湯あがりでやってきたスタッフたちは盛り上がっていた。
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