月澄む空に66

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 部下には無理難題を吹っ掛ける代わりに力のある者の前では平気で腹を見せるような狡猾さを武器に部長まで辿り着いたのだろう。
 幸か不幸か工藤は田中が部長に昇進する前に退職しているが、鴻池が在籍していたうちは、鴻池が工藤を可愛がっていることを知っている田中が工藤に近づくようなことはなかったというのが正解だろう。
「あいつ、実は裏で芸能プロとかスポンサーの担当者から裏金もらってるって、噂あるし」
 ぼそりと君塚は言った。
「ああもう、やめた! 酒がまずくなる!」
 君塚は豪快にグラスを空ける。
「最近工藤さん、どうなの? 何だっけ、山之辺芽久? とヤケボックイだのって騒がれてからあんまり浮いた話聞かないけど」
 話題を変えて君塚は工藤の顔を覗き込む。
「あ、そういえば、山内ひとみ? 今、工藤さんのドラマで主役でこっちもヤケボックイ、みたいな話もあったよね?」
「フン、俺は芸能人じゃないぞ。ひとみなんか悪友もいいとこだ」
 工藤はほくそ笑む。
「ふーん、腐れ縁とかって言ってたっけ」
 君塚はまたお代わりをオーダーした。
「お前こそ、どうなんだ? 三か月でスピード離婚の後は」
 それを聞くと君塚は「それ超昔の話だから!」と切り返す。
「結婚は懲りたけど、彼氏の一人や二人いたのよ、これでも。今はフリーだけど」
「ほお?」
 そういえば怖がられてばかりの工藤にも平気でポンポン返してくる生きのいいやつだった、と工藤は君塚のことを少し思い出した。
 スピード離婚のことは、社員の間で面白がられて瞬く間に噂が広がり、工藤の耳にも届いたから覚えていたのだ。
 このプロジェクトで紺野に君塚を紹介された時、工藤にとってはこんなやつもいた気がする程度だったのだが、君塚にしてみれば、工藤は尊敬する先輩だったようで、一緒に仕事ができるのを喜んでいた。
「制作スタッフの方はこっちで何とかする。つまらんことでヤケ酒を煽るなよ」
 またお代わりをしようとする君塚に、工藤は言った。
「もう出来上がってるのか」
 その時後ろから紺野の声がした。
「田中だろ? あの男にごねてもまず首を縦に振ることはないぞ」
 工藤の横に陣取りながら、「スコッチ、ダブルで」と紺野はバーテンダーに言った。

 


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