とりあえず、朝になったら誘ってみるさ。
タップしかけた番号から指を離し、工藤は苛立ち紛れに煙草をくわえる。
わかってはいるのだ。
良太がどうしたいかは良太が決めることだ。
仕事にせよ、生き方にせよ。
部屋はしんと静まり返っている。
もう何年もほとんど寝に帰ってくるだけの部屋は、工藤が誰にも邪魔されずにいられる空間でもあったはずだ。
ここに軽井沢の平造や家政婦以外の他人を入れることは滅多になかった。
それが、良太が入っただけで空気が変わった。
変わった空気の心地よさを、やはりまだ手放したくはない。
いずれその時がくるとしても、今はまだ――。
小雨がそぼ降るイブになった。
良太が十時にオフィスに降りて行くと、既に工藤はきていて電話で打ち合わせをしていた。
それからすぐ工藤と良太は志村の出演中のドラマを撮影している六本木のスタジオへ寄り、MBCへと向かう。
車の中でも工藤の携帯に電話が入り、ほとんど会話をする間もない。
昨日は、かおりが帰った後、良太はたまっていた洗濯をしたり、部屋やナータンのトイレの掃除をしたり、コンビニに出かけてカップラーメンや弁当、缶ビールを買い込んできて、ぽっかりあいてしまった時間を過ごした。
それからプラグインのパーティでプレゼントを交換することを思い出し、デパートに出かけて柔らかい茶色の革のカードケースを買った。
その間、何か理由を作って、工藤に連絡を入れようかどうしようかと何度も迷い、結局入れなかった。
上司に意味もなく電話をするのも躊躇われた。
工藤からも連絡はなかった。
勿論、工藤は仕事をしているわけだから、仕方がないとはいえ。
結局ぼんやり過ごしてしまった一日を思い返しながら、良太はMBCの駐車場に車を停めてエンジンを切った。
車のドアを開けると湿った冷たい空気が流れ込んでくる。
鼠色をした空が重く広がる背景に、葉を落とした落葉樹の群れが一層寒々しい。
「えっと、俺の方は打ち合わせ、四時には終わる予定ですけど。携帯に一度連絡入れますから」
テレビ局の通用口に向かいしな、良太は工藤に事務的な言葉を告げる。
「ああ」
こちらも事務的に返事を返し、二手に分かれる。
コートを掴んで足早にスタジオへのエレベーターに消える背中を見送りながら、良太は、ちぇ、と思う。
やっぱ、クリスマスイブなんて、工藤にとっては普通の日と何ら変わりがないんだな。
良太はふうとため息をつく。
かおりが宣言した台詞も気にもしてないんだ。
あんな、悩んだのにさ、俺。
その時、良太の携帯が鳴った。
携帯に浮かんでいるのは待っていた小宮の代理人の名前だ。
「はい、え、それはおめでとうございます。あ、はい、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
球団が決まったので出演を承諾するという。
ようやく入った朗報に、良太は気を取り直して、『パワスポ』の打ち合わせに向かった。
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