夢ばかりなる13

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 かすかにというのは、人気ミステリー作家ということでもの珍しさも手伝って講義をとったものの、その頃の良太は、ごく一般的に考えられているように、小林千雪のことを風采の上がらないダサさも極まれりの中年講師としか見ていなかったからだ。
 千雪も講師を始めて間もない頃で、当時から彼の講義はわかりやすくて好きだという学生と、単位を取るだけでまったく興味がないという学生に分かれていた。
 良太の場合、千雪が籍を置く宮島ゼミではなかったし、何でもっとちゃんと聞いていなかったのかと自分を叱咤したところで、あとの祭りだ。
 いずれにせよ、野球三昧の学生生活を送っていた良太には、小林千雪という存在自体縁がないものだったのだが。
 けぶるような睫毛、大きめの深く黒い瞳、細く通った鼻筋や薄紅色の唇、うつむき加減の表情はどこか憂いを含んでいる。
 よもや今ここにいる眉目秀麗を絵に描いたような人が、あの中年講師だなんて誰が思うだろう。
 やっぱ詐欺だ、とまた良太は胸の奥で愚痴る。
 あの黒渕のメガネと千雪に対する思い込みのベールにごまかされて、モデル並みの体躯や、剣道で鍛えられた立ち居振る舞いの優雅さなどに気づくものがいないのだ。
「……最後のシーンで、冬の嵯峨野の風景はうまくいれてもらえたらと、こんなところですけど」
 けど、ま、はかなげな美人かと思ったら大間違いって感じだよな。
 良太は、ついついまた向かいの千雪を見つめてしまう。
「わかった。あとキャスティングはどうだ? まだ内定だが」
「異存はありません、工藤さんにお任せします」
 良太が渡した企画書をざっと見ただけで、千雪は答え、工藤から良太に視線を移した。
「良太は、どう思う?」
「え……」
 面と向かって問われ、良太は思わずたじろぐ。

 


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