「これだけは言うとくわ」
良太がウインドウを下げると千雪が言った。
「何ですか?」
「昔の工藤さんやったら、良太が沢村にアメリカ行き誘われた時、何も言わんと行かせてたと思う。けど、それがどうもできひんかったらしい。何でかわかるか?」
「工藤は俺にとっとと行け、お前の代わりなんかいくらもいるって言いましたよ」
「アホやな、そんなん強がりに決まってるやろ。先月良太が風邪こじらせてぶっ倒れた日、ほんまは俺と打ち合わせ入ってたんや。けど、そういうわけやから、スケジュール変えてくれ、てドタキャンやってんで」
「え………」
じゃ、あの日やっぱ工藤はずっとついててくれたんだろうか……
良太はまたこみ上げる涙を拭う。
「良太が工藤さんのこと信じてやらんかったら、どないすんね」
信じたい、それは思う。
だけど―――
「まあ、お前にはえらそうなこと言うけど、好きな人の前に立ったら、みんな不安になるもんや…心はわかれへんから」
「千雪さんが? いつもこれっぽっちも隙がないのに」
「お前、それ、嫌味やぞ。俺がどんだけじたばたして、周りに迷惑かけとるか……ま、とにかく、工藤さんて、強がり言うくせに、お前がおらんとおたおたしたりするんやから、あんまりいじめんとな」
千雪さんのの言うことは一〇〇%は信じられないけど、何せ、策略家だし……そう小説家とも言う。
…俺ばっかじゃ、ないのかな……
心の中で呟いてみる。
「あれ、なんかいい匂いだ。千雪さん、フレグランスとかつけてます?」
風にのって立ちのぼるかすかな香り。
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