海外からの客の接待が予定されているという部屋は、セミスイートで、ゆったりくつろげるスペースがあった。
「どうぞ、お座りください」
「いえ、結構です」
良太はドアのすぐ近くに立って、きっぱりと言った。
「どうしたんですか? 藤堂さんからプロジェクトの方は順調に進んでいると聞いていますが」
縁なしの眼鏡がエリートな雰囲気を助長させている。
身のこなしもエレガントで、とても大の男を一撃で倒すような拳法の持ち主とは思えない。
だが、良太は確信していた。
「そちらの仕事のことではありません。お時間がないようですから、単刀直入にお聞きします」
ここに来る前に、藤堂にさりげなく波多野のプロフィールを聞いた。
ハーバードを卒業し、さらにビジネススクールを経てMBAを取得し、アメリカの大手企業に在籍していたが、二年ほど前に日本に戻った。
コンサルティング会社に一年いたのち『MEC電機』に広報部長として引き抜かれた。
「何ですか?」
にっこりとエリート中のエリートは笑う。
「あんた、いつか麻布で会った拳法の使い手だろ? 俺が酔っ払った時、俺を会社まで運んだのも。その、あんたの香水、それが証拠だ」
「いったい何を言っているのかな?」
波多野は笑ったが目は笑っていない。
「香水だの拳法だの、第一同じ香水を使っている人は世界に五万といるんじゃないか?」
「とぼけるな! あんた一体何者だ? 工藤に何で関わる? 中山会の人間か?」
「……工藤……?」
波多野の声が一段と低く響く。
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