川崎で小さな修理工場を営むお人好しの父親と子供思いの母親。
可愛い妹と野球が大好きなのほほんとした長男。
ありきたりでも幸せな四人家族―――。
そんなささやかな幸せが崩れたのは、良太が一浪の末万が一の確立で天下のT大に合格し、エースと呼ばれて野球三昧の学生生活を楽しんでいた四年生の秋だった。
良太の父、良一が保証人になっていた友人の会社が倒産し、その友人は一家で夜逃げをして行方知れず。
良一はその友人の作った五千万の借金を背負い、もとより不況の風に煽られていた工場は倒産、二人の従業員にはわずかとはいえ精いっぱいの金額を渡して、良一は自己破産、住居も何もかも差し押さえになった。
しかしその内の三千万は消費者金融から借りたものだったため、かなりヤバめの債権者が押しかけてきた。
まだ高校生だった良太の妹亜弓を静岡の親戚に預け、温泉地で妻と二人住み込みの働き口を見つけて移り住んだ。
T大卒ならばこの就職難とはいえ、大手を振って有名企業に就職できたかもしれないが、卒業後は父親の工場を手伝うつもりでいた良太は、就職活動も一切していなかった。
一人東京に残った良太のアパートをつきとめてやってくる債権者達を何とかあしらいながら、この際水商売でもするしかないか、と思っていた矢先、大学の厚生課で見つけたのが、OBが社長をしているという青山プロダクションの募集だ。
月収四十万という破格な条件に飛びつかんばかりに面接に出向いたわけだった。
「そうだったの、若いのに大変ねぇ。頑張るのよ」
ワンフロアー百二十平米程のオフィスの陽当たりのいいソファセットに向かい合って座り、持参した弁当を広げる鈴木さんと、良太はコンビニのおにぎりをほおばり、昼休みを一緒に過ごしながら、ついつい身の上話になってしまった。
鈴木さんはそんな良太に同情しながら、別れた亭主は飲んで暴力を振るう、賭け事が好きなごくつぶしで、離婚したくても判を押してくれず、子供を連れて逃げたのだと自分の境遇も話してくれた。
工藤とは大学の同期である小田弁護士からの紹介でこの会社に入ったという。
「社長が中山組の組長の甥だってことは事実だから、なかなか社員も入ってくださらないのよ。だからここの社員はちょっとわけありな人間が多いわね」
鈴木さんは、経理を任されている他に社内のこまごましたこと一切を切り盛りしている。
「へえ、そうなんですか」
工藤高広は広域暴力団中山組の現組長の妹を母に横浜で生まれた。
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