残月1

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 高い空、葉も色づいた街路樹が秋の訪れを告げている早朝のオフィス街。
 やがてビジネスマンが行きかうだろう通りには、先ほどから似つかわしくない怒号が度々飛んでいる。
 ライトがたかれ、カメラセットを積んだ車の上ではカメラが通りを走る三人を追う。
 何人ものスタッフが見守る中、この日、監督よりも声高に怒鳴り散らしているのは、工藤高広、乃木坂にある青山プロダクション社長である。
 テレビ番組、映画の企画制作プロデュース及びタレントの育成とプロモーションを主な業務としているこの会社は、社員数は少ないながらも業績は右肩上がりで、今回はここ数年、年一回の割合で放映されてきた「大いなる旅人」シリーズで初めて映画化されることとなり、京都と東京、ニューヨークを結んだ最新作のロケが行われていた。
 かつてキー局であるMBCテレビ時代から敏腕プロデューサーとして名を馳せ、実力がないと見たら容赦なく切り捨てる冷酷無比な鬼と言われた社長の工藤には、広域暴力団組長を伯父に持つというダークな出自がついてまわるものの、スタッフや業者には工藤にならついていくという者もおり、また結構勝手な男だと知られているにもかかわらず大企業のCEOらには妙に懐かれているせいで、スポンサーにも困ったためしがない。
 主演は民俗学者で大学の准教授という設定の志村義人、アシスタント的な役柄で大学生役の南沢奈々、この二人は青山プロダクション所属俳優である。
 さらに今回ゲストとして能楽師の桧山匠、新進の人気女優二村桃子が撮影に参加しているのだが、幻想的なシーンを撮影しているところで、身振り手振りの速度などで映像がかなり変わってしまう。
 早朝にもかかわらず、今回二村を推しているスポンサーで大手化粧品会社「美聖堂」社長の斎藤がお忍びで車を停めさせて撮影風景を見ているというのに、さっきから工藤に怒鳴られっぱなしだ。
「もう、走れない~!」
 何度目かのテイクについに弱音を吐いて、二村が息を切らしながら膝に両手を当てて立ち止まった。
「大丈夫ですか? 二村さん」

 


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