残月10

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 昨今人気急上昇の新進俳優本谷和正は『田園』の方は既にアップしているが、撮影の初期段階ではリテイクを繰り返し、主演の竹野紗英からクソミソな文句をぶつけられ、演技ができるんだろうかと良太も冷や汗をかいたこともあったものの、そちらは何とか終わったのだが、本谷は『からくれないに』にも主要人物として出演し、こちらは演技のことで本人も周囲もやきもきさせられた。
 ドラマの撮影以外のことでも、実は本谷には良太もやきもきさせられることがあった。
 何と本谷が工藤に告ったその場に、良太は偶然にも居合わせてしまったのだ。
 よもやな事態に良太も固まってしまったのだが、その場がスタジオのトイレで、良太は個室に隠れていたので、良太がそれを聞いていたことは本谷も工藤も知らない。
 以来、『からくれないに』ロケが京都であったことから、今撮影中である映画『大いなる旅人』のロケを京都で行った時に工藤が本谷と接近しているのではなどと良太が勘ぐったりと、一時良太は暑さや忙しさとも相まって痩せたのがわかるくらい息つく暇もなかったのだ。
 『からくれないに』はクランクアップしており、こちらも『田園』と前後して放映が始まる。
  先日行われた『田園』の制作発表の際、本谷も顔を見せていたが、良太は裏方に徹していたし、本谷はすぐに次の仕事先にマネージャーに連れていかれたので言葉をかわすこともなかった。
 最近はCMの仕事で忙しいらしいと聞いている。
 明日、工藤が制作発表に顔を出すかどうかはわからない。
 本谷が頑張っているらしいことはいいのだが、人を想う気持ちがそう簡単になくなるものでもないはずだ。
 本谷が案外素直で真面目な性格だからこそ、良太にも身につまされるものがある。
 ただし、相手が工藤でなければどんなにありがたいかとは思うのだが。
「良太、百面相」
 ボソリと口にしたのは桧山だ。
「は?」
「良太ってホント顔に出てるよな、今何考えてるか」
 桧山に笑われて、「ええ、そんなわかりやすい? 俺」と良太は情けない顔で呟いた。
「可愛いからいんじゃない?」
 桧山の言葉に志村も吹き出した。
「だからからかうの、やめて……」
 和やかな雰囲気の中、監督が撮影開始を告げた。

 


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