残月110

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「こいつはたまたま代打でやっただけだ。うちの数少ない社員だからな」
 工藤が面白くもなさそうな顔で言った。
「ったくお前ってやつは………まあ、今となってはって話だけどさ。あの頃結構君のこと探してたテレビマン多かったんだぜ?」
「はあ、すみません。俺、こっちの仕事したくて」
 良太はへらっと笑う。
「珍しいな、わざわざ面倒な仕事をさ」
「おい、腹が減ってるんだ」
 工藤が夏川の話を遮った。
「悪い。メニューをどうぞ」
 良太は牛フィレ肉のポワレをメインに、工藤は鱧のムニエルをメインに、工藤はソムリエにそれぞれの料理に合わせたワインをオーダーした。
 料理を待つ間、良太は店内を見回した。
 壁には古いモノクロの女性やフランスの街の風景の写真が飾られ、壁をくぼませたスペースにはブロンズの彫刻が飾られている。
「あの、写真の女性、綺麗な人ですね」
 良太がぽつりと言った。
「カミーユ・クローデル、彫刻家だ」
「え、そうなんですか?」
 良太は聞き返す。
「夏川はカミーユ・クローデルが好きで、局を退社してしばらくパリに住んでいた」
「あ、じゃ、ここにある彫刻ってその人の?」
「レプリカだ」
 料理やワインが運ばれると、シェフを伴ってまた夏川がやってきた。
「弟の重久だ。十年ほどパリで修業してた。こちらは青山プロダクションの工藤と広瀬くん」
 シェフハットの青年は夏川より小柄だが柔和で優し気な風貌だ。
「重久です。お忙しいところ、ありがとうございます。工藤さんのお噂は兄からよくお聞きしてます」
「あ、じゃあ、この店の名前、カミーユ・クローデルさんからとったんですね?」
 今気づいたことを良太が口にした。
「ええ、兄が好きで。じゃ、どうぞごゆっくり」
 にこにことシェフは挨拶して夏川とともに戻っていく。
「カミーユ・クローデルさんはロダンの弟子で故人だ」
 向かいで工藤がボソリと言った。

 


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