残月111

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「え、何だ、俺、てっきり夏川さんの彼女かと」
「お前はもう少し芸術もかじっておけ」
 呆れた顔で工藤が言った。
「ちぇ、今でも十分、能にビバルディに親しみ中ですよ」
 そうだ、芸術と言えば、佐々木や藤堂にもこの店のこと教えないと。
 でもたまに、こんな緩やかな時間もほしいよな、まあ、工藤と、だけど。
 良太はチラッと眉をひそめたままの工藤を見やる。
「宇都宮なんか、お前の携帯に出すなよ」
 唐突に工藤が言った。
「は? 何、それ」
 寝ていた時に工藤から電話が入ったらしいことは、通話履歴に残っていて、気づかなかった自分にがっくりしたのだが。
「え、じゃ、あの時………」
「宇都宮なんかの前で、ガキっぽいツラで寝たりするな」
「べ、つに、宇都宮さんの前ってか、坂口さんの部屋で飲んだらつい……って、まあ、俺が寝ちまうとか反省はしてますけど……、何すか、ガキっぽいツラって」
「ガキだろうが。カミーユクローデルも知らないし」
 宇都宮が嫌がらせのように良太の携帯に出たのを思い出して、工藤もそれこそガキのような難癖をつける。
「うっさいな、芸術をもっとかじればいいんでしょ。あ、それと、宇都宮さんにまた鍋やろうって誘われてますから」
 宇都宮が気に入らないらしい工藤には、一応、言っておかないとまた何か文句を言われそうだと先回りして告げる。
「何だソレは?」
 動かしていたフォークを留めて、工藤は良太を睨む。
「宇都宮さんが炬燵を買ったから、皆で鍋しようって、言っときますけど、ひとみさんや須永さん、竹野さんらも一緒ですから」
「そんなに鍋がしたいのか?」
「いやだから、鍋がしたいってか………」

 人々の想いも街の喧騒も我関せずで、ゆっくりと秋は深まっていく。
 

 - おわり -
 
  ここから時系列では、沢村と佐々木、「好きだから」に続きます。


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