すかさず駆け寄ったのは、鬼と呼ばれて久しい工藤の秘書兼プロデューサーという肩書を持つ、広瀬良太である。
「すみません、この辺でちょおっと休憩にしませんか? 監督」
「そうだな。工藤さん、一息つきましょう」
工藤ではなく監督の日比野に声をかけた良太に、日比野が今度は工藤に了解を得る。
相変わらず苦虫が絶対いるに違いないと思われる表情の工藤だが無言で頷いた。
「高広が怒り過ぎるからみんなが萎縮しちゃって、ヘボが益々ヘボになるじゃないの」などと鬼の工藤に物申すなんてマネができるのは、かつて工藤と三カ月ほど付き合ったことはあるが以来の悪友となった今や大物女優、山内ひとみくらいだと業界では定説となっていたところだが、ここ最近、工藤本人にはとても怖くて言えないが、彼に頼めばひょっとしたら何とかなるかも、などと思われて声を掛けられるなんてこともたまにあるようになったのが、秘書兼プロデューサーの肩書を持つ良太である。
決して大物感はないが、タイミングをよく見て、全体がうまく進行するように考えながら工藤の横に控えている。
そもそもが以前は母校の大学にも新入社員の募集をかけたりしていたものの、面接の最後に、俺の伯父は云々とどすをきかせた声で言い放つため、ほぼ全員が回れ右で帰って行き、万年人手不足に悩まされている青山プロダクションだったのが、ただ一人、出て行かずにめでたく新入社員として残ったのがこの広瀬良太だった。
どれだけ工藤に怒鳴られようが打たれ強く、あまつさえ、怒鳴られてからこそっとニンピニン、なんて呟く度量もあったりする。
一見やせっぽちでひ弱そうな学生だった良太だが、工藤のみならず、世の中でえらいと思われている誰それだろうが、人気絶頂の誰それであろうが、言う時は言う。
最近では工藤の怒号の合間を縫うように今回のように、二村にダメージを与えず、尚且つ工藤に対して禍根を残さないよううまく立ち回って、物事を円滑に進める術を自然と身に着けていた。
「良太くん、何か最近頼もしいですね」
日比野はこそっと工藤に耳打ちした。
「あの野郎、ナマイキなんだよ」
苦笑する工藤も、そこのところは十分わかっているのだ。
back next top Novels