残月42

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「何それ」
「いや、それから、この期に及んでという気がしないでもないんですが、匠、一人だってことを失念してました」
「え、どういうこと?」
「だから、大抵俳優さんとか、マネージャーさんや付き人さんがいたりするんですけど、匠は俳優とかじゃないし、どちらかというとアートディレクター的な位置にもあったりするかと思うんですが、何でも俺に言ってください。俺が動きますから。あと、一人で雑踏の中とか行かないでください。迷子になったら困ります」
「何か良太、怖いよ」
「怖いくらいでいいんです」
「ふーん、わかりました」
 良太がきっぱり言うと、案外素直に頷いてくれたが、匠のことだ、うっかり目を離すとホイホイどこかに行く可能性があると、良太は自分に言い聞かせた。
 工藤が不在の今、自分がしっかり目を光らせておかないとと、良太は周りを見渡した。
「小杉さん、何かトラブルでも?」
 小杉がスタッフ数人と何やら話しているのに気づいた良太は、歩み寄って声をかけた。
「ああ、いや、大したことじゃないんだが、彼らとほら、向こうに座ってる彼と少し揉めてたみたいだから」
「え、牧さんですか?」
 ワキで出演している俳優陣ももちろん何人かいるのだが、牧隆三は若手の新人だ。
 今回交番勤務の警官役で科白もさほど多くはない。
 牧の所属するプロダクションの所長が監督の日比野の知り合いという、立ち上げてまだ数年の小さな事務所だ。
 日比野が工藤に打診したところOKが出たので、この事務所から三名ほど、ワキで出演している。
 三名の中でとりわけ体格がいい牧は落ち着いていて物静かだ。
 科白を口にした時、深みのあるいい声だな、と良太は思ったのだが。
「牧さんがどうしたんですか?」
 良太はスタッフに尋ねた。
「いや、すみません、大したことじゃないんですが、俺らが何かやってる時、何度もあの人睨み付けるんで、つい、こっちも言葉が荒くなって、俺らに何か文句でもあるんですか、とか言っちまって」

 


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