残月7

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 桧山は都心の広いマンションに一人で住んでいるはずだった。
「手入れとか業者に頼んでやってもらってるから」
「なるほど。これってこの家そのものが文化財じゃない?」
「そんなもんだろうね。祖父はかなりの遺産を俺に残す代わりにこの家を託したから、きっちりやらないと」
 おそらく関東大震災や戦争の被害をも免れ、こうして現存しているのだろう。
「傷つけないように、極力注意しないとなぁ」
 どうやったら家屋に傷をつけることなく撮影できるかを良太は考えて、撮影の前に一度クルーと一緒に下見をすることになっていた。
「良太は洋菓子も和菓子も好きなんだな?」
 良太が匠の家のことや研二の作った繊細な美味しさの和菓子を思い浮かべていると、志村が笑った。
「そりゃ、美味しいもんは何でも好きに決まってます」
 そういえば、先日一緒に食事をした時、珍しく工藤が栗きんとんを食べたことを思い出した。
「栗きんとん、そろそろですよね」
「お、いいね、栗きんとん」
 後ろから聞きつけたらしく、小杉の声がした。
「あ、小杉さん、お疲れ様です」
 良太は振り返った。
「お母さん、大丈夫でした?」
「ああ、ほんとに申し訳ない。行ったらすぐに見つかって、元気過ぎて徘徊しちまうもんだから」
 志村のマネージャーである小杉は最近認知症が進んだ母親を施設に入れたのだが、明け方一人で外に出て行ったらしく行方が分からないと施設から連絡を受けてそっちに出向いたたため、良太が工藤と志村を車に乗せて来たのだ。
「いえいえ、お元気なのはいいですが、そんな時は遠慮なく言ってくださいよ、俺、動きますから」
 良太が言うと志村も「俺も子供じゃないから自分で動くし」と主張する。
「ありがとう。何かの時は頼みます」
 小杉は良太や志村に頭を下げた。
「お互い様ですよ。うちは少人数な分、みんなで助け合わないとやってけませんもん」

 


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