好きだから 134

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 何気なく振り返った佐々木に直子が言った。
「沢村っちにあげる!」
 しばし佐々木は言葉がなかった。
 沢村と別れたことはまだ誰にも話していない。
 それでもここしばらく佐々木が情緒不安定なのを直子も察しているのはわかっていたし、沢村のことを何も聞いてこないのは喧嘩でもしているのだろうと思ってのことだろうと。
 直子にもし話したらやはり心配するに違いないし、また良太やアスカらと何かしらお節介をやいてくれるかもしれないからだ。
 今度こそ自分で決着をつけたつもりだった。
「アホなこというてないで、とにかくこれどこかにしまっといて、いずれ本人に返すとか考えるわ」
 少しぎこちなくはあったが笑みを浮かべ、佐々木はパネルを抱えて奥の部屋に持って行った。
 そのパネルはまだ奥の部屋に置いたままだ。
 ここ数日忙しくてそれどころの騒ぎではなかった。
「明日だっけ? 八木沼っちのCMの打ち合わせ」
 芳しい香りのコーヒーとクッキーをトレーに乗せて直子がキッチンから戻ってきた。
「ああ」
 問われて返事をするのに一瞬間があった。
 これも十二月に入ってから降ってわいたような事案だった。
 今、せっせとやっているのがその仕事のプレゼンに備えたデータだった。
 八木沼とも顔合わせがあるというし、ある程度のところはやっておきたかった。
 例の覚醒剤で逮捕された水波清太郎の代わりに本谷和正を使って撮り直した、大手酒造メーカーの新触感チューハイ『スリリングレモン』のCMが、クライアント側も代理店側もいたく気に入ったようで、制作に携わったクリエイターの佐々木にまたぜひお願いしたいと代理店電映社から連絡を入れてきたのが、初夏から新発売するノンアルコールビールの広告プロジェクトだ。

 


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