好きだから 217

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 翌朝、直子は名のあるパティシェリーでほとんど全種類ほどのスイーツを買い込み、古巣というのはまだ正解ではないが、表参道の駅を降りて大通りから二つ目の通りにある古いビルに入っているジャストエージェンシーを訪れていた。
 師走ともなれば社内も慌ただしいようだったが、直子の顔を見ると、やっと戻ってきたかとやら、お前がいないと会社がしゃんとしないとやら、みんなが笑顔を向けてくれる。
「おお、直か、会いたかったぞ」
 社長室を覗くと、春日がワハハと笑いながら席を立って出迎えた。
「あーーーっ、ウソ、春日さん、それタバコじゃなくない?」
 目ざとく春日が咥えたものに気づいて、直子が声を上げた。
「いやあ、散々浩輔にタバコを注意されたからな、梅昆布にしてみた」
「いいことです! って、ひょっとして健康診断、引っかかったんでしょ?」
「かなわないな、直には。まあ、ちょっとポリープあってよ、とったりしたんで」
「もう、春日さんは春日さん一人の身体じゃないんだから」
 直子はちょっと心配顔で春日を見上げるうちに、ポロリ、と涙がこぼれて落ちた。
「お、おい、そんな、たいしたことじゃなかったんだって、直」
 春日はおろおろとポロポロと唐突に涙を流す直子をなすすべもなく見下ろした。
「春日さんのことだけじゃないんです!」
 直子はデスクにあったティッシュの箱を取って思い切り鼻をかむ。
「何だ、何があった? 佐々木か?」
 春日は強面を極力和らげながら、そっと聞いた。
 直子は黙ってうなずくと、ソファに座って落ち着くまでしばらく唇をきっと噛みしめていた。

 


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