好きだから 267

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 佐々木はとりあえず形だけ道具を仕舞うが、順番など覚えてもいない。
 水指を持って立つと茶室を出て襖を閉めた。
 そのあとも淑子は沢村に退席まできっちり指導した。
「周平、今日はこれで終いです。ぼんやりしてんとご挨拶なさい」
「あ、はい」
 襖の向こうで頭が真っ白になっていた佐々木は慌てて襖を開けて入り、扇子を前に頭を下げた。
「ありがとうございました」
 すると淑子はすっと立ち上がり、「もう二日には初釜です。もっと気を引き締めて向かいなさい」と佐々木に厳しい言葉をかける。
「あ、はあ」
「はあとは何ですの! しゃんとなさい」
「すみません」
 ついおざなりな返事をした佐々木を叱りつけ、毅然として淑子は茶室を出て行った。
 淑子が廊下を曲がって遠ざかるのを待って、佐々木は沢村を振り返る。
「お前、オカンに何言うとんのや!」
「え、だって、塩まかれたり追い払われたりはしなかったし?」
 鬼の形相の佐々木にも沢村はへらっと答える。
「お試し期間ってことだろ? お許しが出れば婿に入れるぜ」
 沢村の八木沼にも何も言えないだろうあまりな能天気ぶりに、佐々木はドーンと大きな厄介ごとを背負った気がして、はああああと肩を落とした。

      おわり
 


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