好きだから 53

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 とりあえず、パソコンも放りっぱなしのオフィスに戻って電源を落とさねば、とヨロヨロと歩き出す。
「おい、かなりな疲労困憊状態のようだな。今世紀始まって以来の美貌が台無しだ」
「アホな言いぐさにも反論する気力もないから、ほな、よろしゅう。明日また迎えにきますよって」
「おう、そのうち飲み、行こうぜ」
 あのフザケタ態度がなければ陽気でタフな先輩だった。
 久乃先生も細かいところが気になって仕方がない淑子とは正反対の大らかでざっくりした性格で、確かにあの母親にしてこの息子なのかも知れない。
 家が近所なだけに、小学校から大柄でいわゆるガキ大将というやつで、子分どもを集めて高校を卒業するまで佐々木の親衛隊を自認していたというのが、この手塚稔のことで、勉強嫌いで二浪くらいしてようやくどこか地方の大学の医学部に入ったらしい。
 何せ、子供の頃は佐々木と一緒に帰ってくると、足を拭いてから上がれ、手を洗え、手づかみで食べるな、淑子にはよくガミガミ怒られまくっていたにもかかわらず、何を言われても屁のカッパ、佐々木家の雑木林に秘密基地を作り、佐々木がお茶の稽古をしていようが、勝手に庭に入り込んで子分どもと遊んでいた。
 忘れていた子供の頃の情景が一気に思い出されて、佐々木は苦笑を禁じ得ない。
 数年前に通りで偶然会った時は、結婚して子供が一人いたようだが、やがて離婚し、子供は奥さんが引き取り、国境なき医師団に参加して海外にいる、まではそれこそ風の噂で聞いていた。
 「相変わらずタフそうなオッサンやな」
 手塚の髭面を思い出して、佐々木はふっと笑った。


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