好きだから 54

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 国境なき医師団といえば、世界中の危険地域未開発地域にもおそらく入ったのだろう、自分が平穏な日本でのほほんと生きてきた時間を、あの風貌はそういった厳しい経験の上に出来上がったものなのか。
 いやいや、子供の頃からの大人を大人とも思わないふてぶてしさが健在なだけだ。
「まあいい、とにかく……」
 佐々木はオフィスに戻ると、パソコンの電源を落とし、夕食の残骸を片付けてから、施錠して家へと向かう。
 果たして稽古は終わってはいたものの、道具やらはそのままだし、炉の炭の火は既に消えていたが、佐々木は念のため細かい炭を火おこしに取って完全消火した。
 灰の状態を確かめてから、棚の上の置時計を見ると既に午前零時を回っていた。
 道具は明日片付けることにして、母屋の電気を消し、鍵をかけてから自分の部屋のある離れへと足を向ける。
 確かに疲労困憊で、佐々木の脳はこれ以上何かを考えることを拒否していて、ベッドに直行した佐々木は、そのまま毛布を被り、泥のような眠りについた。
 翌日、携帯の目覚ましで何とか起きだした佐々木は、シャワーを浴びて身支度を整えるなり、スタジオへと車を走らせた。
 電映社の撮り直しCMの撮影である。
 クスリで捕まった水波清太郎の代わりにスポンサーと電映社が大急ぎで探したのは、最近では秋に放映されたドラマ『田園』で脇ではあったが存在感をアピールし、チョコレートのCMでも人気急上昇中の俳優本谷和正だ。
 デビューしたての頃はとてもものにならないかとも思われた演技も、出演回数を重ねるごとに評価を上げ、今や若手の有望株となっている。
 人気アイドルとかきいとったけど、意外と謙虚で素直なやつやなぁ。
 撮影中、被写体となっている本谷を傍らで見ていて、水波の撮影の時を思い出した佐々木は、心の中で呟いた。
 新触感チューハイ『スリリングレモン』は、大手酒造メーカーの新発売の商品で、スカッとしたきつさ、爽快さが売りとなっている。


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