好きだから 57

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 石川に使ってもらうのはかつて父親の部屋だったところを客間に造り変えたものだ。
 隣の書斎はそのままになっていて、あまり人が出入りすることもない。
 父親の蔵書というよりは、もっと博学だった祖父のものらしいが、佐々木の祖 父祖母も淑子が嫁いだあと数年で相次いで鬼籍となっている。
 もう何年も佐々木は稽古の時くらいしか母屋に来ることもないし、来てもキッチンやリビングの他は茶室くらいなものだ。
 大掃除の時も使わない部屋はそのままだ。
 この古い屋敷は、佐々木親子とさわのがいた時ですら広すぎた。
 今佐々木が使っている離れでさえ、友香が使っていた部屋はあまり入ることもないし、佐々木一人では広いと感じるばかりだ。
 家は住む人間がいなくなると朽ちていくという。
 いずれ淑子がいなくなり、自分がいなくなったら、この家も離れも朽ちるのだろう。
 淑子の言うように、もし直子と佐々木が結婚するようなことになれば、もし二人に子供ができるようなことがあれば、この裏寂しい古びた家も少しは賑わいを取り戻すことがあるのだろうか。
 そういえば稔も久乃先生が心配で、家に戻ってきたのだろうか。
 久乃先生も淑子より二つ三つ上だったはずだ。
 あとを継ぐとか聞いたこともなかったが、確か姉の皐月は啓應大の医学部に入った才媛で、あの人があとを継ぐとばかり思っていたのだが。
 沢村は家族とは縁を切っているなどと言っていたが、最近話すようになったという母親は、沢村の幸せな結婚を望んでいるのではないだろうか。
 誰しも思い描いた道を行くとは限らないのだろう。
 混沌とした思いは次から次へと現れて佐々木の頭を一杯にしていく。
 こういう時は、飲まないでは寝られない。
 いつだったか藤堂にもらった土産の酒を箱から出して開けた。


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